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55❤︎⑩
たとえ聖南が巧みに誘導したとしても、葉璃はそれを言わない選択も出来たはずなのだ。
何の事だか分からない、もしくは恥ずかしい、そんな言い訳で逃げても良かったというのに、ストーリー仕立ての妄想がいい役割を果たしてくれた。
自らで言わずにはいられない雰囲気を作り、まんまと聖南を喜ばせたのだ。
勢いのまま吐露した感は否めないが、望んだ以上の言葉とあからさまな照れ顔に、聖南はもはや今こそ死んでもいいと感極まった。
「葉璃ってめったにそういう事言わねぇだろ。俺ばっか焦って、誰にも葉璃を取られたくねぇって騒いでんのいっつも俺だけじゃん?」
「……そんなことないと思いますけど……」
「いいや、そんなことあるね。葉璃は思ってることを口に出さな過ぎる。口下手なのは分かってるけど、俺にはもっと言っていいんだからな?」
「何を言うんですか? 俺ちゃんと会話してるつもりですよ。……えっ、もしかして会話出来てないですかっ?」
「会話は出来てる。思ってること全部言えってこと。良い事も悪い事も」
「言ってますよ……。俺、聖南さんのせいでワガママになったし……」
「どこがだよ」
間髪入れずに答えた聖南は、葉璃から我儘など聞いた事がない。
そもそも我儘という言葉は、あまり良い使い方をしないのが一般的である。
聞けば誰しもがうんざりするような身勝手な言動をそう言うのであって、葉璃はいつも謙虚を地で行くタイプなのだ。
羞恥心からか聖南にピタリと密着し、背中に腕を回すことを未だに躊躇う葉璃の殊勝さにキュンとする。
少しくらい横柄であっても良いと思うほど、葉璃は恋人である聖南にも控えめな対応なのだから、彼がいつ我儘を言ったのかさっぱり身に覚えが無かった。
だから、分からなかったのだ。
「だって……聖南さんを独り占めしたいって気持ち、前より……我慢できなくなってますから……」
「…………っ」
──それが我儘だって……!?
内に秘めた想いが、葉璃の中でしっかりと育ちきっていた事。そして、聖南と同じく人並みに恋人への独占欲を持っていた事。
それが聖南に伝わっていなかっただけだと、たった今身を持って知った。
──それは……我儘って言わねぇだろ、葉璃……。
とても考えつかなかったいじらしさに、両目を見開いた聖南は葉璃の体を締め上げる勢いで抱き締めた。
恐ろしいほどに無垢で綺麗な心を、知った気でいた。
男心をくすぐる発言ばかりするなと、いくら注意しても彼に届かないはずだ。
彼の物差しはバグっている。
すべてにおいて愛される側の人間である事を、思い知らされた。
「とんでもねぇな……」
「え?」
聖南は、自分だけが嫉妬にまみれているのはフェアではないと、子どもじみた誘導尋問で葉璃の妄想を掻き立て悲しませた。そればかりか、『死んでもいい』と思わされる発言をいくつも引き出し、白旗を揚げざるを得なくなった。
完全に自業自得であるが、これこそが聖南の聞きたかった答えだった。
何なら満点どころか花丸をやりたいほど、恋人に対する回答としてはこれ以上なく相応しい。
「聖南さん……?」
「とんでもねぇよ、葉璃は……」
「…………っ?」
悦に入った。身に覚えが無くて当たり前だと、ようやく納得がいった。
葉璃はやはり、想いを言葉にするのが下手だ。
ここまで追い込まなければ、本心を打ち明けないのだから。
「……さっきの、言わなきゃいけなかったんですか?」
聖南の胸元に顔を埋めている葉璃が、不満そうに呟いた。
驚愕と歓喜に満ちている聖南の心など露知らず、何一つ打算の無い葉璃は〝恥ずかしいことを言わされた〟事にのみ重点が置かれている。
「……聞きたかったんだよ。葉璃の口で、俺にだけ言ってほしかった」
「そんな重要なことでした?」
「あぁ、かなり」
「えぇ……」
そっと葉璃を解放した聖南は、照れ隠しに彼の体をくまなく洗い始める。
何気なく言い放った葉璃はあっさりと素に戻り、引き出した聖南の方がやたらとくすぐったい気持ちを引き摺った。
だらしなくニヤついてしまう顔をなるべく見られないように、彼には背中を向いてもらう。
「俺を独り占めしたい、誰にも取られたくないって気持ちを言葉にしてくれたの、初めてだからさ。そりゃ嬉しくもなるよ」
「そ、そうですか? そうだっけ……」
「て事は、心の中ではずっと思ってたのか?」
「……聖南さんを取られたくないって?」
「そう。いつもそういう事を考えてたけど口には出してなかった、って言い方に聞こえた」
「あ……そうかもしれないです。聖南さんとレイチェルさんの会話の録音を聞いた辺り……くらいかな。考えてたんですよ。あー、聖南さん取られちゃうなぁ、イヤだなぁって」
「…………っ」
葉璃が背を向けているのをいい事に、聖南は下唇を噛んでぎゅっと目を閉じた。
嬉しい言葉をこれでもかと紡ぐ葉璃の猛攻は、盛大に聖南をたじろがせている。
おとなしく身を委ねてくれる葉璃がさらに愛おしくなり、華奢な肩やくびれた腰、薄い腹を泡まみれにしているとどうしても空気の読めない聖南の分身が元気になってしまう。
しかし葉璃は、セックスよりも〝まろまろ〟をご所望である。
──どうしよ。触ったら最後な気がすんだけど。
気持ちも性欲も昂ぶっている今、それを抑えられる自信が無い聖南は彼の胸元に手を這わせる事も躊躇する。
深い時間になればなるだけ、葉璃は眠い目を擦りα波を放ち始めるだろうから、長湯するつもりはなかったのだ。
胸元や性器を避けて洗い続けるのも限度がある。洗浄に戦慄く葉璃を見たい欲求も、昂ぶっていた。
どうすべきかと悩みかけた聖南は、ふと顔を上げる。なぜかこの状況で「へへっ」と笑う葉璃に気付いたからだ。
「……聖南さん、ありがとうございます」
「うん。……んっ? ありがとう? 何が?」
「まろまろ、楽しいです。横になってないし、手もつないでないし、なんか俺恥ずかしいこと言っちゃった気がしますけど、……でも楽しい」
──は、……?
背を向けた葉璃の表情は伺えないが、穏やかな声色から察するにきっとあの尊い微笑を浮かべている。
感情が追いつかない。
葉璃の本心が聞けて嬉しかった。
嫉妬に駆られ、潤んだ瞳で睨み付けてくる姿にグッときた。
自身の妄想でぐるぐるしていた葉璃は、タガが外れたように聖南を喜ばせ続けている。
目が点になった聖南は、葉璃の両肩に腕を置き、体重をかけた。まだ照れが治まらない。
後ろから葉璃を抱くような態勢で瞼を閉じると、内心でもう一度『とんでもねぇ葉璃だ』と思わずにいられなかった。
「あ……そう。これがまろまろなのか……」
「はい。すっぽんぽんなのはちょっと恥ずかしいんで、早くお風呂に浸かりたいです」
「そ、そうだな、うん。そうしよ」
「聖南さんの体は俺が洗いますよ」
「えっ!? いや、それはマズい……かなり……」
「なんでですかっ? あっ、……!」
振り返った葉璃の視線が、自然と聖南の下腹部に向かう。
バレたら飛び退かれると思い、元気に反り返った分身を葉璃に当てないようにしていた聖南は、苦笑した。
「……な?」
「……ど、どうします? 聖南さんの聖南さんが……えっと、どうしましょう……?」
「どうしよう?」
「俺急いでトイレ行っ……」
「ダメ」
言うなりバスルームを飛び出そうとした葉璃を、急いで掴まえる。
前回出来なくて残念だった洗浄を、今日は譲るつもりはない。
葉璃がどこぞの輩にナンパなどされなければ、もっと早くこういう展開になっていたのにと思うと、『横山』に非常に腹が立つ。
葉璃の希望である〝まろまろ〟をいつの間にか遂げていたらしいと分かれば、聖南は彼さえその気になってくれればすぐにでも落としにかかれる。
「どうせ家である程度綺麗にしてんだろ。俺の役目だって言ってんのに」
「そ、そう言われても、俺はいつでも「イヤです」って言いますよっ」
「だよな。だったら俺は恋人権限を行使するしかねぇよな」
「へっ!?」
くるくる変わる表情を見ながら、聖南は意図的にドキドキさせるべく熱っぽい視線で葉璃を見詰めた。
近頃すぐに視線を逸らす葉璃の両頬を取り、逃げられない状態にしてのそれは絶大な効果がある。
楽しいまろまろの途中なので、気持ちの入り方が違うのだろう。
葉璃はあっという間に唇を突き出し、最終兵器の瞳から降参の意を伝えてきた。
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