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56★②
「今回は難しい役だと思う。だってストレートの恭也くんが男性に恋をするって、演技だとしても誰にでも出来る事じゃないよ」
「……はい」
「台本、読んでみて。不安が少し消えるかもしれない。予算の少ない深夜ドラマでこの内容なら、必ず話題になるよ。ただ男性同士の恋愛を描いただけのボーイズラブではないんだ」
「へぇ……」
「ちなみにお相手は……この方だよ」
さっきからタブレット端末で何やら検索していたのは、その人を俺に見せるためだったらしい。
向けられた画面に視線をやると、事務所のホームページに載った男性のプロフィール画像が目に入る。
そこには、一見ちょっと男性らしいとは言えない俳優さんが写っていた。
名前は『中村 碧衣』さん、二十二歳。俳優としてのキャリアは五年。年齢も芸歴も俺より先輩だ。
そのまま同ページにあったプロフィール欄までササッと読んでいく。身長は百七十一、体重は五十五……背丈のわりに華奢なんだな。
あとは誕生日や出演作品が羅列されていたけれど、そこは流し読みするに留めた。
うん……なんとなくホッとしている俺がいる。
「…………」
「どことなくハルくんに似ているよね。キャスティング担当者の意図を感じる気がしなくもない」
「似てないですよ、全然」
それはあり得ない。華奢な役者さんだからって、意図的なのかどうかはさておき葉璃と中村さんは全然似てない。
俺は仕事としてこのドラマにも前向きに取り組もうと決意したんだから、そんな事を言われると実際に会った時に二人を比べてしまうかもしれない。
そんなの、絶対によくない事だ。
林さんが言ってるのは外見についてなんだろうから、もっとよくない。
葉璃より綺麗で可愛いと思える人に、俺はまだ出会っていないんだから。
「ははっ、そっかそっか。恭也くんはそう言うだろうと思った」
「でも……こんな事言うのは、林さんにだけなんで、内緒にしてほしいんですけど……可愛らしい感じの方で、良かった」
「僕も同感。あまりにもゴツゴツした男性らしい男性が相手だったら、〝やる気スイッチ〟が発動しないかもしれないもんな」
「いや、……んー……そうですね。まだ台本、読んでないんで、うまく言えませんが。ファーストインプレッションさえ、悪くなければ、大丈夫だと思います」
そもそも俺が偉そうな事を言える立場じゃないし。
逆に中村さんも、『相手役、ETOILEの恭也かぁ』って微妙な感想を抱いていると思うし。
第一印象が肝心だというのはお互い様だ。
ジャンルはどうあれ、共に作品を作り上げていく仲間に変わりはないと、そう思って真摯に仕事に向き合おう。
演技の仕事は三回目だ。
この世界では、そろそろ無知や不可能が通用しなくなってくる。
切り替えなきゃな。色々と。
「……恭也くん、気持ちの整理早くない?」
「大切な、仕事なんで。一つ一つ、誠実に、頑張ります。葉璃も、応援してくれてるし」
「君のモチベーションはいつもハルくんだね〜」
「当然です。あ、このドラマの事、葉璃とルイさんには、話していいですか?」
「いいよ、もちろん。ていうか今すぐにでも話したいんだろう?」
「はい。うずうずしてます」
俺の頷きに大笑いしながら、林さんが立ち上がった。俺もそれに続き、ジャージの入ったリュックと茶封筒を抱え直す。
今日は林さんがラストまで居られるとの事で、この後は社用車で取材現場まで移動すると聞いている。エレベーターで一階へと降り立ち、事務所から駐車場へ続く裏口の方へ向かった。
二人に早く報告したい反面、どんなジャンルなのかって事を話すのは少しだけ勇気がいる。
さっそく車中で話してしまうか、取材が終わってから落ち着いて話すか、どちらにしようかと考えていた俺の前方に、見覚えのある女性が見えた。
「あ、……」
「あっ……」
向こうから歩いて来るその人も、俺の前を歩く林さんも互いに同時に気付いた。
「あら、こんにちは。恭也さんとマネージャーさん」
「……こんにちは」
「こんにちは。お疲れ様です。レイチェルさん、今日はどうしてこちらに?」
立場上、挨拶だけを交わして去るのは失礼だと思ったのか、立ち止まった林さんが率先して話しかけている。
俺はこの人に良い印象が無いから、早々に立ち去りたかったんだけれど仕方が無い。
なぜかずっと目が合い続けるレイチェルさんが、林さんを押し退けるようにして俺の目の前にやって来た。
「先ほどまでボイストレーニングを受けていましたの。嬉しいわ。恭也さんに会えて」
「え……」
「ハルさんのステディなんでしょう? 羨ましいわ、恭也さんは素敵な殿方ですもの」
「…………」
綺麗なブロンドヘアに青い瞳のレイチェルさんは、おそらく世間一般では美しい部類に入る女性に違いない。
けれど葉璃ファーストな俺には、改めて間近でその美しさを拝む事になっても少しも惹かれる要素が無かった。
微笑まれても、笑み返せない。
張り付けたような笑顔を浮かべている女性を真顔で見下ろす俺は、全く冷たい〝殿方〟だ。
「この間は、すみませんでした。少し、攻撃的な言い方を、してしまって」
「いいえ、そんなことありません。もう一人の殿方は怖かったですけれど。恭也さんは、紳士でしたわ」
「そうですか……」
「うふ、恭也さん。こんな機会はあまりないでしょうから、一つ伺いたいことがあります」
「……なんでしょう?」
本当は一言たりとも話すつもりはなかったんだけれど、俺が悪印象を持たれると葉璃の今後に関わるかもしれない。
少しでも葉璃への被害を抑えるために、レイチェルさんの伺いたい事とやらに答えて、あまり失礼の無いように早急に去ろう。
対峙している事さえ不快に思う前に。
「……ハルさんは……ハルさんの素敵なところ、教えてくださらない?」
「はい?」
「セナさんも、恭也さんも、あの怖い殿方も、みんなハルさんをひいきしているように見えます。ハルさんにはそれだけの魅力があるのでしょう? それを私にも教えてくださらない?」
「…………」
俺は今、得意とする無表情を保てていないと思う。
一瞬のうちに脳裏によぎった、〝伺いたい事〟の裏。
『なぜ葉璃が贔屓されているのか分からない』、『私のどこが葉璃より劣っているのか知りたい』──。
俺にはそんな風に聞こえてならず、一気に不快指数が上昇した。
本気で答えてやる義理などないのかもしれないけれど、突き付けてやりたい気持ちも出てくる。
こんな事を本人の居ない場所で、世間にその関係性を疑われるほど仲の良い俺に問う不躾さと無神経さには、ほとほと参るが。
「……葉璃の魅力ですか」
「ええ。男性が男性を虜にするだなんて、とてもすごい才能だと思います。ぜひ私も見習いたいのです」
「…………」
「私、どうしても振り向いてほしい殿方が居ますの。もうすでに一年近く、その方に恋をしています。……けれどその方には恋人がいらっしゃるから、私はより魅力的な女性になる必要があるのです。そうしなければ、その方は本当の意味で私を愛してくださらないもの」
そこまで話していいの、と思いながら、斜め向かいの林さんをチラと見る。林さんはどうしていいか分からないといった表情で、俺に会話を託していた。
ほとんどの事情を知る俺は、レイチェルさんの好きな人がセナさんである事を知っているんだけれど、肝心のその恋人については未だ確証が無いのか、はたまた口外するのを躊躇っているのか濁している。
「それは……恋人からその人を奪いたい、そういう事ですか?」
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