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56★③
俺は映画の中で、恋人がいる女性にアタックしまくってあまつさえ奪えるなら奪おうとまでする間男の役柄を演じた。
漫画が原作のそれらは当然、間男にハッピーエンドなんか用意されていなかった。
雨の中を悔し泣きしながら走り去ったり、女性をベッドに押さえつけている所を恋人に見られて乱闘になったり、ラストチャンスとばかりに決死の覚悟で告白してフラれたり、とにかく悲惨だったんだ。
恋人が居る人を好きになっちゃいけない。
叶わないのに好きで居続けるなんて苦しいだけ。
奪おうとするなんてもってのほか……。
それなのにレイチェルさんは、一貫して俺の思う最悪なパターンを爆走している。
直接こうして不愉快な問いを受けるまで、葉璃が話していた事がそっくりそのまま真実だとは思わなかった。
若干なりとも、誇張しているものだと。
だって信じられないよ。
恋人が居る人を好きになり、諦められないからといって奪い取ろうと画策する人間がいるだなんて。
しかもフラれてもフラれても、その気概を失わないとは……どれだけ心臓が強いんだ。
「その好きな人を、奪いたいんですか?」
俺はもう一度、レイチェルさんの目を見て問うた。
すると彼女はなぜかはにかみ、俺にこんな事を言った。
「奪うというよりも……もうすぐ私のもとへ来てくださるの」
「え……?」
「だから私は、より魅力的な女性にならなければいけないの。しとやかに、慎ましく。そうすれば彼は喜んでくださるようだから」
「…………」
「ハルさんの魅力、少しだけでも教えてくださいな」
「…………」
あぁ……これは例のセナさんのプランというやつの事を言っているのかな。
葉璃の説明ではよく分からなかったけれど、その後にルイさんと開いた推理の会では、セナさんはレイチェルさんに浮気相手になるよう提案して糠喜びさせ、その間に様々な証拠を掴もうと動くんじゃないか……と、そんな話でまとまった。
レイチェルさんの表情から察するに、おそらくその推理は正しい。
楽屋に突然やって来た時に『春まで待てない』と言っていたり、『もうすぐ私のもとへ来てくれる』と俺に微笑んできたり、セナさんのプランが春先からスタートする事まで、俺は今把握してしまった。
慎ましくなんて出来ないとあの場で啖呵を切っていたのに、どういう風の吹き回しなんだろう……って、そんなものは愚問か。
俺たちは示し合わせたかのように葉璃を守る壁になって、レイチェルさんからの強い眼差しを遮っていた。
それだけでも充分〝贔屓〟に見えるよね。
葉璃のどこにそんな魅力があるのか、〝殿方〟から守られたいレイチェルさんの要望には、やはり真摯に答えてあげた方が彼女のためかもしれない。
「恭也さん?」
「あ、あぁ……すみません。葉璃の魅力……考えてみたんですけど、俺が言える事は、一つしかなくて」
「あら、一つだけ?」
クスッと笑うレイチェルさんに少々の腹黒さを感じつつ、俺は堂々と見つめ返し言い放つ。
「葉璃は、何も、考えてません」
「……あの……私はハルさんの魅力をお尋ねしたのですけれど……」
「そこが、魅力なんですよ。葉璃が誰かに好かれようと動いたところを、見たことがありません。葉璃は、何も計算していない。葉璃は、何も必要としていない。葉璃は、自分はどうなってもいいけれど、他人が傷付けられるのは、すごく嫌がる。人間らしさの、塊です」
「…………」
「葉璃の魅力は、一つしかない、って意味じゃないです。葉璃は存在そのものが、魅力的なので。捻り出そうとしても、なかなか浮かばないんです。葉璃は、何も考えていないから」
「…………」
そこが好き。……とまでは言わなかったけれど、言いたい事が言えた俺は林さんに目で合図を送り、「失礼します」と付け加えて歩き出した。
林さんもレイチェルさんに頭を下げて、駆け寄ってくる。
駐車場に出てレイチェルさんの姿が見えなくなると、急途端に気が抜けた。
「あー……スッキリした」
葉璃の良さ、魅力を教えてくれだって?
そんなもの教えたところで、誰にも真似は出来ないよ。
いったい誰が、葉璃の魅力に追い付けるの。
申し訳ないけれど、好意を盾に好きな人をこれでもかと困らせるレイチェルさんと、打算計算が無くとも人を惹き付けてしまう葉璃とじゃ、比べられもしない。
「恭也くん……やっぱり君にはやる気スイッチがあるよ」
「え?」
車の鍵を取り出した林さんが、何だか含んだ笑顔で俺にグーサインを見せてくる。
訳が分からない俺は、ただその親指をジッと見つめて首を傾げていた。
★
今日の移動車は、売れっ子の芸能人がよく使うような黒塗りのワンボックスカーだった。
いつもはセダンタイプだったり、四角い軽自動車だったりするんだけれど、今日は広々乗り心地がいい。
しかも後部座席にゆったり三人乗れるから嬉しい。二列目の二席に俺と葉璃、三列目にルイさん。
おかげで二人への報告もしやすかった。
「ボーイズラブ……?」
「ボーイズラブ!?」
二人はそれぞれ、俺の予想通りの反応を見せた。
ルイさんは身を乗り出して驚き、葉璃は……表情を変えずにふと窓の外に視線を移している。
何度か小さな声で「ボーイズラブ……」と呟いている辺り、それがどんなジャンルなのか知らないらしい。
まぁ俺も、それについてそんなに詳しいわけではないけれど、ETOILEの人気が俺と葉璃の関係性にもあると知ってから、嫌というほど耳にした単語ではある。
「ハルポン、まさか分からんの?」
「そんな、そんなっ、分かりますよー! 何言ってるんですか! ボーイズラブですよねっ? うん! ラブ!」
「ラブ!て。あーそうなんや。俺知らんのやけど、ボーイズラブて何?」
「えっ!?」
「何なんやろ? さっぱり分からんなぁ。教えてぇなハルポン」
「えっ、えっとですね、……その……ボーイズラブっていうのは……」
「ルイくん、意地悪しないの」
ウソが下手くそな葉璃は、誤魔化すのも下手だ。
そんな葉璃をルイさんがいつもの調子で揶揄い始めると、もっとオドオドして可愛くなる。ただ、だんだん可哀想に思えてくるから、あまり長くは見ていられない。
見かねた運転中の林さんが、バックミラーでルイさんをたしなめてくれて良かった。
「あはっ、すまんすまん。それを地でいってる本人が知らんとかウケるやん」
「ふふっ……」
それはそうだ。俺も、そう思う。
まさにセナさんと葉璃こそ、ボーイズラブ作品の主人公みたいだもんな。
トップアイドルと新人アイドルの恋だなんて、本当に漫画の世界みたいな話だもん。おまけに二人は顔面偏差値が高く、ちょっと妬けちゃうくらいにラブラブなんだよ。
セナさんと葉璃こそ、映画やドラマになっていいくらいだ。
そう考えると、俺はドラマでどんな役を演じる事になるんだろう。
急に気になってきたな。
何気なくまだ見ぬ台本入りの茶封筒を抱いて、揶揄うルイさんをじっとり見ている葉璃に正解を教えてあげる。
「葉璃、ボーイズラブっていうのは、男同士の恋愛を描いた、ジャンルだよ」
「えっ!? そ、そうなのっ? それに恭也が出演するの? 何役で? また略奪する役?」
「あはは……っ! ハルポン、略奪て!」
「葉璃……何度も言ってるけど、俺が略奪する男なわけじゃ、ないからね?」
「それは分かってるけど! 恭也だったら奪えちゃいそうだから……!」
「え……? それ、どういう意味?」
俺はもっと、そういうジャンルのドラマに出演する、という点に驚いてほしかったんだけれど……。
着眼点の違う葉璃は、そこはサラッと驚くだけであとは俺がまた間男を演じるのかと複雑な顔をしている。
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