614 / 625

56♣⑨

♣ ♣ ♣  林さんも交えたメシ会は、二十二時前にはお開きになった。  みんなで事務所に着くなり、林さんがハルポンと恭也の二人ともを送る言い出したから、さっきの今で無茶すんなと宥めた俺は結構お利口さんやろ。  公平にグーとパーでわかれるやつやって、恭也は林さんに。俺はハルポンを送ることになって、今。  さっきまで驚愕の食いっぷりを見せとった肉食少年が、助手席にちんまり座っとる。 「すみません、ルイさん……。俺送ったら行ったり来たりになりますよね……」 「またそれかい。いつになったらデーンッとふんぞり返って乗ってくれるん」 「そんなの一生ムリです」 「ま、ハルポンはそうやろな。そんなら俺もお決まりのセリフ言うわ。〝気にせんでくれ〟」 「はい、……すみません……」 「また謝ってるやん」  毎日変わらず遠慮がちなハルポンに笑てまう。  おそらく似たような会話を、林さんと恭也もしてんのやろな。  この時間やと日中がウソみたいにスムーズに走れるし、何のストレスも無いのにな。  ハルポンと恭也は「すみません」が得意な性分で、二人ともが人気者とは思えんほど消極的というか謙虚というか。  もうええから、と何回言うても遠慮をやめん頑固さもあって、もはやよう分からん。  俺は運転が好きな方やからマジで気にしてへんし、行ったり来たりしたとこで寄り道して帰るだけや……っと、そういやシャンプー切らしてたな。洗剤もわずかやった。 「あ、なぁなぁ。ちょっくら買い物付き合うてや。この時間やし客もそない居らんから目立たんやろ」 「いいですよ! あっ、……」 「ん?」 「いやでも一人じゃないからいいのかな。んー……どうしよ」 「何? 独り言デカない?」 「あぁ、えっと……実は……」  俺は軽い気持ちで誘っただけや。  送りしなに二十四時間開いてる店あるし、寄ってもええなら一緒行こ〜てダチ誘う感覚で。  ところがハルポンはブツブツ言うた後、不思議がる俺にデカい独り言のワケを話してくれた。  何やらセナさんから、〝一人で出歩くの禁止〟なるものが発令されとるらしい。さらに深掘りすると、それが発令されたキッカケがナンパされたからや、と。  セナさんとの密会用に〝名無し〟ちゃんに変身したハルポンが、飲み物を買うためにコンビニに寄り道したところレジの兄ちゃんからナンパされた……いう話。  ホテルに向かうんにそんなもん要らんやろ、というツッコミはせんかった。  えらい剣幕で怒られたいうからさらにさらに深掘りしてみると、なんとハルポンは高校時代から街で男に声をかけられてて、それやのに今も一人で買い物に出掛けてたのが芋づる式にバレて、とうとうウロウロ禁止令が発令されたんやと。  ……当たり前やん。 「なーる。それは俺もメッて言うわ」 「そうなんですか!? ちょっと過保護過ぎませんっ?」 「いやハルポン、ETOILEの〝ハル〟やから言うてるわけちゃうよ。ハルポンは独りでウロウロしたらあかん」 「……変装してるのに?」 「そんなん意味無いし。俺言うたよな? おめめが可愛いんよ、ハルポンは。名無しちゃんになろうが、帽子とマスクで顔を隠そうが、目は隠れんやろ。あとなんや、スタイル?」 「スタイル……?」  ハルポンにいい印象を持ってなかった頃から、俺はハルポンの外見についてだけはアイドル向きやと思てた。  今ももちろんそうやが、すっぴんナチュラルでおる時はつい守ってやりたなる繊細で綺麗な顔しとるし、たとえ変装しとっても隠しきれんオーラみたいなんが出とる。  あと顔付きのせいか、私服でおるとマジで男か女か分からん。おまけに細っこい体も相まってパッと見じゃ中性的としか言いようが無い。 「前から見ても後ろから見ても男が声かけたなる見た目してんのよな。学生ん時、そんな事無かったん?」 「…………ありました」 「ほら見てみ」 「いや、でも、でも、みんな独りぼっちでいる俺のことが可哀想だと思って声を……っ」 「アホか。そんなわけないやろ」 「…………っ!」 「ハルポンはどうしても男側の思考になられへんから分からんのやろ。声かけてきた男がどんなこと考えてるか教えたろか?」 「聞きたいような……聞きたくないような……」 「今後のためにも、耳かっぽじってよう聞け」  俺はハルポンの学生時代を知らんけど、今とあんまり変わってないとしたらセナさんの心配は尽きんはずや。  この様子やと、自分が男からそういう対象に見られとるいう自覚も皆無やろうし、そもそも、可哀想やと思われて声掛けられたとかヘンな誤解しとるうちは何を言っても無駄や。  ここは俺が、今までハルポンにナンパした野郎どもの代弁したろやないの。  運転中やからよそ見はせんと、法定速度守りながら安全運転で。 「あ、可愛い子おる。もしかして一人? うーわ、めちゃめちゃ色白やん。あんま顔見えんけどあれ絶対可愛いわ。連絡先ゲットしてうまいこと言うてヤれたらラッキーやわ」 「ちょっ、ルイさんっ?」 「まだ続くで。……はっ、男? 男の娘かいな。アリアリ! いっぺん味見してみたかってん。てか小っさ。上目遣いヤバ。うわうわうわ、断られたけどニコッてされた! 可愛え! こんなん本気になってまうて〜!」  最後らへんはちょうど信号に引っかかったおかげで、身振り手振りを加えての熱演をかました。  男は声を掛ける時点で、何らかの意図がある。  連絡先の交換で満足するヤツなんか、一割にも満たんのが現実や。ほぼほぼ体目当てなんやという事を、ハルポンには教え込んどかなあかん。  このポヤポヤ少年は、顔面偏差値高めのくせして危機感ゼロやからな。  信号が青になり、ハンドルを握り直してアクセルを踏む。ルームミラーでハルポンの反応を見てみると、俺の熱量とは真逆でずいぶんしれっとしていらっしゃるようで。 「……終わりました?」 「……終わった。以上がハルポンをナンパする野郎どもの代弁になります」 「ありえませんね」 「なんでやねん! 俺の渾身の猿芝居まで一刀両断された気分やわ!」 「だってありえないですもん。俺のこと良く言ってくれるの、俺を知ってくれた人だけです。俺は根暗の陰キャなので」 「ハァァ……何も分かってへん……。伝わらん……。このもどかしい気持ちどうしたらええの……」 「あはは……っ、ルイさん面白いですね」 「いや相変わらずハルポンの笑いのツボが全然分からんのやけど」 「あははは……っ! やめてください……っ」  そないに爆笑するとこ、あったか?  何も響いとらんかった事に衝撃受けて、思わずハンドルにもたれかかって嘆いた俺はなぜかハルポンの爆笑は誘えたらしいが、今はそんなん要らんねん。  なんで分からんのや。  ハルポンは性的に見られてるんやぞ、て事を伝えるにはどないしたらええの。  これはセナさんも骨が折れるで。  とりあえずウロウロ禁止令出したなる気持ち、嫌っちゅうほど分かるわ。 「ハルポン、心配ならセナさんに確認取っとき? ここ強行突破して後からセナさんにシメられんの俺やし」 「聖南さんはシメたりしませんよっ」 「あの御方はハルポンに関する事で何やあったら一秒で噴火しよるやろ」 「…………否定はしません」 「はよ電話し。俺まだ死にとうない」 「そんな大袈裟な……」  無自覚で無頓着なハルポンがこうもふわふわしとると、誰が一緒でもセナさんは許さんかもしれん。  そやけど、ただの買い物の付き添いを軽〜い気持ちで誘ったんは俺やし、「やっぱええわ」が言えんかった。  俺がそれを言うと、ハルポンはネガティブ沼に嵌まり込むような気がした。  それやったら、直接セナさんに判断を仰いだ方が二人のためになる……てか、あのセナさん相手に事後報告は恐ろしすぎてよう出来んわ。 『──もしもーし。葉璃?』 「あっ、聖南さん、お疲れさまです。いま電話大丈夫ですか?」

ともだちにシェアしよう!