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56♣⑩

 待て待て待てー!  俺の周りの人間はなんでみんな初っ端からスピーカーにすんねん!  相手は都合が悪いかもしれんやん。聞かれてることを知らずに会話してて、後から恥ずかしい思いするかもしれんやん。  もうちょいデリカシーてもんをなぁ……って、俺の考え過ぎなんか? 『ん、大丈夫。事務所の例の部屋に居るから』 「そうですか。あの……お疲れさまです」 『うん。お疲れ。何、葉璃もう寝るの? 早くね? んーと、……まだ十時過ぎじゃん。俺もうちょい後に電話するつもりだったよ』 「あ、俺……今から買い物に行こうとしてて」 『はぁっ!? 何言ってんだ、ダメに決まってんだろ! こないだ俺があんだけ言ったのにまだ分かってねぇのか!』 「…………っ!!」  おぉッ、ビックリ!  セナさんさっそく一秒噴火してるやんけ!  はじめの甘ったるい声色から一転、急に腹から声出したせいで音割れてたで。  ちっこい右手の手のひらにスマホを乗せて、まだ一言も喋ってへん俺の方にそれを向けてるハルポン……どういう気持ち?  いきなりの怒号にビクッと肩を揺らしたハルポンがチラッと視線を寄越してきたが、噴火中のセナさんに俺は何て言やええんよ。 『ダメだからな、絶対。一人でウロウロするなって何度言ったら分かるんだ。何かあってからじゃ遅いんだからな?』 「一人じゃないなら、いいですか?」 『……誰と行くの』 「ルイさんです。今、林さんと恭也とルイさんでご飯食べてきて、これから帰るんですけど、ルイさんが送ってくれてて」 『…………』 「聖南さん?」  ……沈黙してまいましたが。大丈夫っすか。  ハルポンの作戦なんか、いつもの天然なんか知らんけど、一人やない事を後出しにしたせいでセナさんの機嫌がすこぶる悪い。  スマホ越しにハルポンにキレたあの剣幕からして、ガチで〝禁止令〟が出とるようや。  俺はただ買い物行きたかっただけやのに……。  なんでこんな事に……。 『ルイ、運転中?』 「はい。スピーカーにしてるんで、全部聞こえてます」  おいー! ハルポン! 言うてまうんかい!  最初っから会話が筒抜けやったって状況、セナさんはデジャヴやろ。  俺は運転がそぞろになると判断して、ちょうど目の前に見えてきたコンビニに入ろうとウインカーを上げた。  スピーカーなんバラしてもうたから、俺が喋らなおかしな空気になるやろ。  駐車場に頭から突っ込んで、ひとまずパーキングに入れてから覚悟を決める。 「セナさんお疲れーっす。買い物は俺が言い出したことなんで、セナさんのお許しが出んかったら無理にとは言わんので」  何ならその話忘れてくれてもええ。  まさかそんな事情があってウロウロ禁止令が出とるとは思えへんやんか。  彼氏としては、相手が誰であっても許可したくない気持ちも分かるしやな。 『……ルイが一緒ならいい』 「ほんとですか! ルイさん、いいって!」 「お、おぅ……?」 『でも絶対離れるなよ。変装もして。あと何買うか知らねぇけど十分で切り上げろ』 「オッケーっす」 「聖南さん、十分じゃ何も買えないですよ」 『あと例のコンビニには行くな』 「それは……はい、分かってます。あれから行ってないし、春香にも夜は行かないように言いました」 『……ん。あと家に着いたら即連絡して』 「分かりましたっ」  俺と一緒ならいいと言いながら渋々感出まくりやったものの、セナさんのとこまで届いてそうなほどハルポンの表情と声が嬉しそうやったから、「ダメ」とは言えんかったハイスペ彼氏さん。  イケボで『じゃあまたあとで』と言ったセナさんに、ハルポンが照れまくってたのを隣で見せつけられた俺は複雑な心境なんやけど。  一つ驚いたことがあった。 「セナさん、ハルポンにあんな声荒らげることあるんやな」 「いえ、あんまり無い、ていうか俺が怒らせない限りめったに声荒らげないですよ。俺の自覚が足りない時とか、俺が自分のことを下げまくってたら結構……怒られます」 「そうなんや。意外やな」 「意外ですか?」 「ハルポンにもしっかりキレてたんは意外や。まぁ天然男殺しなハルポンはあんだけ心配されてもしゃあないけどな。マジで一人で行動したらあかんで」 「……はーい」  俺の誘いに二つ返事やったところを見ると、禁止令どうこうの前にただウロつくことさえ簡単やなくなったハルポンは、買い物一つでもワクワクするらしい。  それが分かってたから、俺も無下に「禁止令出とるならええよ」が言えんかったんよな。  駐車場だけ使わしてもろたコンビニには申し訳ないが、俺は車を動かした。  向かう先は二十四時間営業の何でも揃っとる渋い店。深夜にこそ若者客が多いデカいペンギンの店もあったが、そっちにハルポン連れてくのは俺も気が進まん。  車に常備しとるマスクを二人で装着して、いざ入店。  制限時間十分で買い物を済ませなあかんから、ハルポンと一緒に早歩きで目的の棚に向かう。 「ハルポンはシャンプー何使てんの?」 「えー……なんだろ。家にあるの、パッケージ見えないように容器に入ってるんですよね。詰め替え用がそのまま入る優れもので」 「何それ? そんなんあんの? めちゃめちゃ便利やん。俺詰め替え作業好きやないんよなぁ」 「なんでですか?」 「いやなんか、俺何してんねやろってむなしくなってくるっちゅーか……。必要なことやねんで? ゴミ減らせるし。でもなぁ、ケチらんでボトル買えば良かったて毎回思うんよなぁ」 「あー……分かるかも……」 「ハルポンは詰め替え作業なんかせんやろ」 「……そういえばした事ないです」 「やっぱりな」  こんな他愛もない会話をしながら、必要な物をカゴに入れていく。  わりと普通の家庭で育ったっぽいハルポンが、実はかなり世間知らずやという事は、短くも濃い毎日の中で何となく分かってた。 「俺、カップ麺もそんなに食べたことないんですよね」 「はぁ!? それマジで言うてる!?」 「はい……。同棲してた頃に、カップやきそば作ってみようとしたんですけど……それすら出来なくて結局作ってもらいました」 「はぁぁ? あんなもんお湯入れて三分経ったらお湯捨ててソースまぜるだけやん」 「聖南さんもそう教えてくれたんですけど、出来なかったんですよ! お湯捨てる時に緊張してプルプルしちゃって、麺をシンクに流しちゃいそうになって……」 「……料理が壊滅的やってのはマジなんやな」 「……はい……」 「ま、例の企画始まったら炊事は任しとき。なんも出来ん言うて悲観的にならんでええからな。買い物は付き合うてもらうで」 「それは任せてください!」  買い物は楽しいようで、意気揚々と頷いたハルポンは可愛かった。  カップ焼きそばも作れんのか。と、俺は呆気に取られてもうたがそんなんは別にどうとでもなる。  料理が出来んでもそれに胡座をかいとるわけちゃうし、したくても出来んなら無理する事あらへん。  セナさんは『甘やかしたかったから』言うてたけど、ほんまは人間誰しも得手不得手があるもんやとハルポンに諭してたいうんが濃厚な気する。  客がまばらにしか居らん店内は、昼間と違って薄暗いように感じるが、ハルポンと喋りながらの買い物は時間を忘れるほど楽しい。  移動しながらスマホで時間を確認すると、すでに制限時間を超えてまいそうやった。 「あと洗剤と……朝メシの材料が欲しい。でももう十分経ってもうたな」 「急ぎましょ! はなから十分じゃ何も買えないって俺抗議しましたし! 過ぎても問題無いです! それに、ルイさんが隣に居たら声かけられないし」 「人ほとんど居らんしな。てか……今の俺ら、どう見えてんのやろな」 「え? どうって?」 「……いや、すまん。なんでもない」 「…………?」  俺は……俺は、いったい何を言い出してんねん。  ハルポンに何と言ってほしかったんや。  誰かと買い物するんが久しぶりやったから……やなくて。  ハルポンと買い物するんが楽しくて、……十分縛りが鬱陶しいと感じてしもた。  こんな風に思たんはこれが初めてやない。  ばあちゃんがいよいよ危ない時、セナさんと一緒に帰ってくハルポンの後ろ姿を見て、もう少しそばにおってほしいと寂しい気持ちになったっけ。  何なんやろ。  今でさえ毎日一緒に居るやん。  これ以上同じ時間を過ごしたい言うんか、俺よ。  それはちょっと……贅沢ちゃうか。

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