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57♡見せかけ
─葉璃─
♡ ♡ ♡
今日は前回指定されたホテルよりも道のりが長かった。
聖南の手配で待機してくれていたタクシーを二回乗り換えて、トータルで一時間近くかけて来たここは、ホテルというよりも旅館って感じの佇まい。
暗くて外観があんまり分からないんだけど、たまに行く料亭〝さくら〟に趣きが似てる。
ここまでの道中、どんどん深い森に入ってく車内で俺はちょっとドキドキしていた。
え、ほんとにこの道で合ってる? と不安に思いながらも、運転手さんにそんなこと聞けないし、とりあえず聖南にメッセージで位置情報を送ってみると『合ってるよ』と可愛いスタンプ付きで返事がきて、ホッとした。
今日も受付はスルーして、聖南の指示通りに歩いて行く。
その受付がありそうな本館から左右に道が分かれた先に、離れ家みたいな客室が二つずつあるらしいんだけど、ポツポツとした灯りしか無いから暗くて周りがよく見えない。
石造りの門を抜けたら右に進んで、『風』と書かれた部屋を探すように言われてる。スマホのライトを照らして、砂利道を歩きながら目的の離れ家を探した。
「こわいけど……なんか楽しくなってきたかも……」
ゆっくり歩いて三分くらいで、一つ目の離れ家に着いた。でもそこは『花』のお部屋だった。
という事は、ここに聖南は居ない。奥にももう一つ建物が見えるから、あっちのお部屋かも。
相も変わらず変装してる俺は、今自分が女の子の姿なのも忘れてさらにニ分歩き、奥の建物に到着した。
「あっ、『風』だ……! 見つけた!」
……って、なんかRPGの世界に迷い込んだみたいなセリフだ。
二十二時を過ぎた静まり返った森の中では独り言すら躊躇するのに、ついついこの暗闇さえも世界観として楽しみ始めてる俺は、単純でお手軽な人間だ。
独りだからなおいい。
誰かと協力しなきゃなんないミッションだと、コミュ障にはツラいものがあるもんね。
『風』のお部屋を見つけた俺は、さながらRPGの主人公よろしくスチャッとスマホを取り出して聖南に発信した。
するとすぐに内側から扉が開く。
暗がりで見える客室の扉もまさにそれっぽくて、開いたそこからぬっと出てきた腕に引き寄せられると、これも何かの演出!? とはしゃいでしまいそうになった。
「こんなところに呼び出して悪かった。迷わなかったか? 暗かったろ、怖くなかった? 迎えに行けなくてごめんな?」
「…………」
俺を室内に引き込むなり、心配そうに顔を歪めて矢継ぎ早に謝ってくるのは、いつでもとびきりイケメンで優しい恋人。
ちょっと変なモードに入ってる俺には気付かず、さりげなく頭をぽんぽんと撫でてくれる大きな手のひらが心地良い。
「今日は清楚系かぁ。バリエーション豊富だな、名無しちゃん」
「……こんばんは」
「あはは……っ、こんばんは」
他人行儀だな、と笑う聖南を見上げると、少し屈んで目線を合わせてくれる。
はぁ……今日も今日とて最高にカッコいい。
聖南は絵に描いたようなイケメンだから、もしゲームの中の世界だったら敵か味方か最後まで分からない、でもかなりの重要キャラに違いない。
平屋とはいえ奥行きのある豪華な客室には目もくれず、聖南の姿をゆっくりと上から下まで存分に眺める。
タクシーを降りてここに来るまでの十分くらいですっかりその気になっていた俺には、聖南の私服がまるで衣装みたいに見えてしょうがなくなっていた。
「名前は何ですか?」
「……ん? 名前? 俺の?」
「そうです。あなたがここに居るってことは、これから俺と長い付き合いになると思うんで、教えてください」
俺は一切、ふざけてなんかなかった。
大真面目にRPGの主人公になりきっていた。
「なになになに、どういう事? そりゃ俺と葉璃はこれからも末永く付き合ってく仲だけど」
「そんなことより名前ですよ、名前」
「おい、そんなことよりって。……聖南」
「〝セナ〟ですか! 俺の名前は〝ハル〟です」
「うん。……知ってる」
〝名無しちゃん〟で来た事も忘れて、右手に握ったままのスマホは万能な懐中電灯とでも思い込み、真顔で聖南を見上げて「よろしくお願いします」と言った。
だけど聖南はポカンだ。
最近は俺の言動の裏まで見抜けるようになった聖南でも、さすがにポカンでキョトンみたいだ。
玄関口で向かい合ったまま、俺は靴すら脱いでないし。
「よろしく。……って、何なんだよ? 今日の名無しちゃんは設定でもあんの?」
「設定?」
「そういうのあんなら事前に教えといてよ。ちゃんと話合わせるからさ」
「〝セナ〟さんは敵ですか? 味方ですか?」
「話進めるんだな。ヨシ、何だか分かんねぇけど即興で合わせてやろうじゃん」
俺が何かに入り込んでいると察知した聖南が、ニヤッと笑って高そうな黒いカッターシャツの袖を捲った。
こういうとこ、すごく好き。
大真面目な俺の茶番に、聖南は全力で乗ってくれる。
「〝ハル〟は何しにここへ来たんだ?」
「何しにって……あなたがここに俺を呼んだんですよ」
「そうだけど、危険かもしんないじゃん。呼ばれたからってすぐにホイホイ来ちまうのはどうかと思うよ」
「たしかに……。ここに入ってすぐは真っ暗闇でしばらく何も見えなかったから、敵に襲われてもおかしくなかったです」
「だろ? でも俺は、ここを〝ハル〟に提供してる。敵ではないと思わないか?」
「……そんな事言って、俺が寝てる間にガオーッて襲う気なんでしょ? 俺はまだ武器を一つも持ってないし、魔法も使えません。逃げるにしてもあなたは大きいので逃げられる気がしません」
俺がそう言って視線を室内にやると、聖南は早くも笑いをこらえきれなくなっていた。「なるほど、そういう事か」と一人で納得して、腕を組んでいる。
もう俺の茶番劇のシナリオが分かったらしい。
……ちょっと早くない?
「疑うのは結構だけどな。ただ俺は〝ハル〟が起きてても襲うよ。ガオーッて。寝てなくても簡単に襲える」
「うわわわ……っ」
気障な視線で俺を射抜いた聖南もまた何かになりきって、ノリノリでガシッと腰を抱いてきた。
鼻先がくっつきそうなほど顔を寄せられて、俺は瞬時に胸をドキドキさせてしまう。
こんなの、まるでイケメンの悪者王子様がお姫様をさらう時みたいなシチュエーションだ。
俺がお姫様かはともかく、聖南は堂々としてるし、何より様になり過ぎてて、普段から大根を自負してるなんて思えない饒舌っぷり。
なりきって仕掛けたはずの俺が、聖南の芝居に取り込まれ始めていた。
「武器も魔法も与えてやれねぇけど、俺にはちょっとだけ権力があるよ。この先もずっと〝ハル〟を守ってやれる。どうだ?」
「……敵か味方かの答えになってないです」
「それは旅の途中で分かるんじゃない?」
「殺されちゃったらゲームオーバーになります。しかも同士討ちなんて悲しい終わり方、俺は嫌です」
「ん、て事は俺のこと仲間にしてくれるんだ?」
「権力があるなら……仲間にしてあげなくもないです。俺は無力なんで、何か持ってる人を仲間にしないと前には進めない」
俺は一応主人公のつもりだから、生意気にもこんな事を言ってひとまずの幕引きだ。
聖南もそれが伝わったみたいで、クスクス笑いが治まらないままぎゅっと抱きしめてくる。
敵か味方か分からない重要王子様キャラじゃなく、俺の恋人としての優しい抱擁に全身を委ねた。
「葉璃にしては良い言い回しだな。嫌いじゃねぇ。普段もそれだけ横柄でいいんだぞ?」
「俺、聖南さんにはいつも生意気だと思いますよ」
「そんな事ねぇよ。もっと我儘言えって言っただろ。自覚あるならその生意気ってやつ言ってみてよ」
「……〝仲間にしてあげなくもないです〟」
「それかよ」
「だってパッとは浮かばないんですもん! 俺が生意気な自覚はあるんですけど、生意気なことを言った記憶が無くて……っ」
「だから葉璃は生意気じゃねぇっての」
「俺は生意気です!」
「どこが?」
「ど、どこって、具体的には言えません! すみません!」
「あはは……っ! すみませんって、全然生意気じゃねぇじゃん!」
そんなこと言われても、と膨れる俺のほっぺたをもちもち触る聖南は、何だかすごくご機嫌に見える。
何を隠そう、膨れてる俺も実はとってもいい気分だった。
ほんとに即興で話を合わせてくれた聖南に感謝だ。
ユーモアたっぷりの恋人でほんとに良かった。
だって、聖南が俺の茶番に乗ってくれなかったら、ただただ恥ずかしいひとり芝居をして空気を凍らせてたに違いないんだから。
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