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57♡②

「……で? さっきの何だったの」  俺が長時間名無しちゃんのままで居ることを良しとしない聖南が、ソファに促してくれた後に早速ウィッグを外してくれた。  ちなみに今日のウィッグは、肩甲骨辺りの長さの黒髪ストレート。  被る時も外す時も誰かの手を借りないと出来ない不器用な俺は、されるがままにジッとしておく。  茶番に付き合ってくれた聖南はご機嫌に鼻歌まで口ずさんでるから、すみませんの気持ちを抱きつつ俺もちょっと気分がいい。 「いやぁ……ほんと、付き合わせてすみません。ここまでの道のりがRPGみたいだなぁって思ってたらだんだんその気になってきちゃって……」 「あははは……っ! やっぱゲームだったか! 葉璃が何かの主人公になりきってるってのは分かったんだけど、世界観がすぐには掴めなくてさ」 「でも聖南さんあっという間に王子様になってましたよ」 「え、俺王子様だったの?」  キラキラな笑顔で外したウィッグをコームでとく聖南は、トップアイドルとは思えない甲斐甲斐しさがあって、スタイリストさんにもなれちゃいそうだ。  王子様設定が意外だったみたいだけど、俺にはそうとしか見えなかったからすかさず頷いた。 「はい。悪者王子様です」 「悪者!? なんでだよ! 仲間になったじゃん!」 「最初は仲間になるんですけど、ボス戦が近付いてくると急に居なくなって俺を裏切るんです。実はボスのスパイで」 「なんか嫌な役だなー」 「でも最終的には、一緒に旅してた頃が蘇ってきて俺を助けてくれるんです。死んじゃうんですけどね……俺たちを守って……」 「死ぬのかよ! カッコいい死に方だからまぁいいけど!」 「はい……すごくカッコ良かったです……」  スタイリスト聖南は、満足いくまで丁寧にウィッグを手入れしている。  俺はその隣で、裏切った超絶イケメン王子様が仲間を庇って倒れる妄想に花を咲かせ、遠い目をした。  うん……シナリオ的にはありがちな王道設定だけど、そこがいいんだよ。最終的には裏切りきれなかったってところが、本物の聖南のお人好しな性分と通ずる。 「何、もうエンディングまで妄想済みなんだな? すげぇじゃん。即興で考えたとは思えないな」 「乗ってくれた聖南さんも凄いですよ。ふふっ、ありがとうございます。楽しかった」 「そう? それならいいけど」 「ちなみに聖南さんは何の役のつもりだったんですか?」 「あぁ、俺はな、強お助けキャラA」 「えぇっ!? 聖南さんはそんな脇役なわけないですよ!」 「いや俺は大根だからさ」 「聖南さんそう言いますけど、全然そんなこと無いですよね? ミュージカルの時もわぁって思ったし、今もドキドキーってしましたし」 「ふーん?」  綺麗に整えられた黒髪ウィッグを静かに脚の低いテーブルに置くと、聖南はちょっとだけ俺の方を見て口角を上げた。 「……聖南さん? なんか目付きが……」  様になるその笑みに見惚れそうになって、たまらず視線をウロウロさせる。すると、今まで気にしてなかった内装に意識が引っ張られた。  ホテルでの洋風な内装とは真逆の、お金持ちのおばあちゃん家みたいな温かみを感じるのは、木材がたくさん使われた和風な客室だからだったんだ。  置かれてる調度品も、きっと全部目玉が飛び出そうなくらい高級なものだっていうのが素人にも分かる。  間取りはまだ分かんないから何とも言えない。だけど、玄関からでも奥行きがある客室なのは一目瞭然だったし、照明も明る過ぎない薄いオレンジ色で落ち着くし、今居る板張りのリビングだけで何帖あるんだって感じだ。  そう、忘れちゃいけないのは、たぶんここも相当にお高い部屋なんだろうなってこと。  密会の度に毎回こんないいお部屋に泊まるなんて、ちょっと気が引けるな……。  長い足を組んでゆったり腰掛けてる聖南は、どんな部屋にも溶け込めちゃうけど、俺はなぁ……ちんちくりんだからなぁ……。 「まぁ、演技を褒めてもらえるのは嬉しい。お世辞でもな。でも二度としない」  ここはいったいどれくらい高級なお部屋なんだろうと尻込みし始めた俺は、くるくると辺りを見回していて無意識に聖南とは反対側に体を傾けていた。  そんな俺の肩をすんなりと抱いて自分の方に寄せた聖南は、たったいま獣の目付きをしてたと思ったんだけどそれは俺の考え過ぎだった。 「二度とって……二度と?」 「ん。ガチの芝居は二度とするつもりないよ」 「えー! もったいない……っ」 「俺には誰かになりきる才能が無ぇんだよ。もうどう頑張っても〝セナ〟を消せねぇんだな、これが」 「あぁ……それは……」 「ぶっちゃけ大根かどうかで芝居の仕事を断ってるってより、視聴者をその世界に引き込むほどの力量が無いって自分で分かってっから、受けらんねぇんだよ」  突然心の内を打ち明けてくれた聖南の言うことは、……理解はできる。  聖南のお芝居についての葛藤はずっと前にも話してくれたからよく覚えてるし、その時も俺は「もったいない」と思った。  自分を大根だって言って笑い話にしてるけど、本当はすごくすごく真剣に悩んだ末に出した結論で、俺や他人がどう言おうが聖南の考えは変わらない。  だってそれは、……。 「聖南さんは、小学生の頃にはそうやって見切りをつけて社長さんにお伝えしたんですよね……」 「そう、よく覚えてんな。荒れる前だったからそのくらい。舞台が最後だったかなぁ。別に芝居が嫌だとか、監督にダメ出しされたとか、引き金になるような事は無くて……そういうんじゃなかったんだよ。千秋楽のカーテンコール後に燃え尽きて、「これを最後にしよう」ってふと思ったの」 「そうだったんですか……。それって急に? それとも、じわじわそういう思いがありました?」 「じわじわかな。あの頃は、「俺無茶してるかも」って毎日しんどくてなぁ。そんで最終日にじわじわが弾けた感じ?」 「…………」  そうなんだ……。  小学生だった聖南が稽古中にこっそり悶々としてたなんて、そんな姿を思い浮かべてしまうとその頃に戻って当時の聖南を抱きしめたくなる。  お父さんともうまくいってなかった頃だろうから、誰にも相談出来なかったんじゃないかな。  当時もっと、聖南に相談できる相手が居れば……寄り添ってくれる人が居たら……もしかしたら今もお芝居を続けてたかもしれない。  俺が見る限り、聖南はほんとはお芝居がそんなに嫌いじゃないと思うんだ。  役になりきれない、セリフを覚えて自分の中に落とし込むことが出来ない、視聴者を満足させてあげられないって、聖南の良いところと悪いところがごちゃまぜになってる気がするもん。 「誰かが……聖南さんのそばに居たら良かったんだろうな……」 「ん?」 「いえ、当時ですよ。聖南さんが悩んでた時に、相談できる人が居たら……違ったのかなって」 「んー……どうだろ。俺そんな他人の言うこと聞かねぇからな。昔からアドバイスとか右から左なこと多かったし。無駄にプライド高え自覚はある」 「えぇ、そうですか? アキラさんのアドバイスは聞いてるじゃないですか。silentが出来たのはアキラさんの助言だって聞きましたよ」 「そこが俺のよくねぇとこなんだ。信頼してる人間の言葉はスッと頭に入るし、素直に聞き入れられる。〝Next to Me〟は葉璃の助言で歌詞が完成したし」 「あっ……」  聖南……まだあの時のこと覚えてたんだ。

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