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57♡③
実際はどうだか分からないけど、聖南はまるで避けてるみたいに、俺の前であんまりその曲名を口にしない。
〝Next to Me〟は、レイチェルさんのデビュー曲のタイトルだ。色々ありまくってお披露目が四ヶ月も伸びちゃってるけど、とっても感動的で繊細なメロディーのバラード曲。
一度聴いたら耳に残る聖南らしさ全開のそれは、聖南にとって初めて創ったバラードとは思えないクオリティーなんだ。
歌詞先行の作曲スタイルである聖南が、メロディー先行で詞がまったく浮かばないと嘆いてた時に言った、俺の何気ない言葉……バラードにポジティブな歌詞はダメなのかなって思ったことを口に出しただけなんだけど、聖南にはそれが目から鱗だったみたいで。
思えば俺は、聖南にはずっと生意気だ。
ただの素人が業界のトップを走るアイドル様に、助言という名の口出しをするなんて。
今だってそうだ。
当時の聖南の気持ちも、周りの環境も、関わってた人達のことも何にも知らないのに、俺ってば……。
「……ってか、なんでこんな話になったんだ」
「すみません……俺、すごく無神経というか、考えナシなこと言いましたよね……」
「なんで? どこが?」
「相談できる人が居たらなって……。もしそんな人が居たら、聖南さんはお芝居やめてなかったかもしれないなって思ったら、つい……」
生意気言ってすみません、と蚊が鳴くより小さい声で詫びる。
軽率に茶番に付き合わせて、何故かいきなり気持ちを吐露してくれた聖南は〝俺だから〟話してくれたんだと思うのに、考えが浅い俺はロクなことが言えない。
これこそ、俺の生意気だと思った。
「いやいや、葉璃がそんな凹むことじゃねぇよ。生意気でも無い。今のは俺が勝手に語り出した昔話じゃん」
「だからですよっ。俺、気の利いたこと言えなくて……。まだ素人に毛が生えたくらいのド新人なんで、大目に見てくださいとしかもう言いようがないです……」
過去の事だって片付けるにはもったいないと思うあまり、聖南の決断を否定するようなことを言ってしまった。
今何をどう言っても聖南の考えは変わらないって、頭では分かってるのにな。
俺はほんとに考えナシだったと反省して、体を縮ませる。
足を組み替えた聖南がどんな表情をしてるか、確認するのがこわかった。
「ん〜……そう言われて思ったことが一つあるとしたら、あの時に俺のそばに葉璃が居て、俺の芝居を見てべた褒めしてくれてたら、その道もあったかもしれないな」
「えっ?」
思いがけない希望的な言葉に、パッと顔を上げた。
そうなの? そういうルートがあったかもしれないの?
俺が当時、聖南のそばに居たら……。
今でさえ多忙な聖南の仕事の一つに、〝お芝居〟があった可能性は俺の心をとてつもなくくすぐった。
「信頼してる人間の言う事はすんなり頭に入るとは言ったけど、こと芝居に関しては誰の助言もアドバイスも聞き入れなかったと思うし、今もそうだ。例えば当時、アキラとケイタが俺の相談に乗ってくれて二人が役者の道を押してくれてたとしても、俺は聞き入れてない。俺は……そうだな。役者みんなに劣等感あんだよ。どうしても無理だって俺の中で決めつけてたから、あれ以上の伸びしろも無かった」
「じゃあなんで……」
「俺にとって特別で、大事で、誰よりも大切な人が褒めてくれるのはやっぱり違うって。葉璃が褒めてくれるなら、期待に応えたいと思う。全力でな。単純な事だろ」
いや、うん……分かるよ。
意固地になって芝居から遠ざかったんじゃなく、やっぱり聖南には聖南の考えがあったんだ。
アドバイスを聞き入れられなくさせたのが、俳優さんへの劣等感からくるものだっていうのは初めて聞いたけど。
だとしたら今は……?
今、聖南のそばには俺が居るじゃん。
〝セナ〟の大ファンで、〝日向聖南〟の理解者を気取っちゃってる生意気な俺がすぐそばに居る、今は……。
「じゃあ、じゃあ、……俺が今の聖南さんにお芝居続けてほしいって言ったら……」
「いやもう無理」
「えー!? 話が違いますよっ?」
「当時の話だから」
「あー……うー……そっか……。そうですね。迷ってた当時の聖南さんだったら、って事か……」
「そういう事。今は〝セナ〟が定着しちまったし、芝居のやり方とか向き合い方なんかも忘れたからな。片手間で仕事取ったら全俳優に失礼だ」
聖南は正論しか言わなかった。
〝大根〟を笑い話にするように、自分の決断を正当化しようとして〝やらない〟言い訳をつらつら語るのは簡単だ。
俺の恋人はそんなこと考えもしない、真っ直ぐな人。自分の実力を必要以上に過信してないところがあるから、俺はたまにじれったくなる。
聖南はもっともっと、天狗になってちょうどいい人なのに。
あ、……だからなのかな。
他人の言う事を聞かないからって、それだけでプライドが高いとは言えない。
自分のことがちゃんと見えてるからこそ、無理かもしれないと判断したそこが聖南の区切りになって、別のことに全力を注げる。
お芝居に関してはもう見切りをつけた〝昔話〟で、今俺がどんなに褒めようと聖南の心は変えられないんだ。
「──だったら、これだけ言わせてください」
「ん、何?」
「あのミュージカルの聖南さんは、カッコ良かったです。もうすんっごく、カッコ良かった。歌もお芝居もダンスも、聖南さんだけずば抜けてました。俺、ほんとの最後になった聖南さんのお芝居を生で観ることが出来て良かったって、本気で思ってます。また金髪サラサラヘアーにしてほしいくらいです」
「プッ……!」
「なっ、なんで笑うんですか!」
「いや……っ、最後急に願望入ったから……っ」
「…………っ!」
俺また、言葉を間違えた……っ?
聖南のお芝居に感動したって事と、全然大根じゃなかった事をたくさん褒めたくて、生意気な感想を伝えたかっただけなんだけど……。
はじめはクスクス笑ってた聖南がだんだん豪快に笑い始めて、俺は失敗したと顔を顰めた。
たしかに金髪サラサラヘアーは俺の願望だった。
ただでさえ日本人離れした綺麗な顔立ちの聖南だから、金髪も長髪も似合い過ぎててあの時期は毎日ドキドキしてたんだもん。
なんか、聖南なのに違う人みたいに見えて緊張もしたし、それなのによく知ってる声で「葉璃ちゃん♡」って呼ぶから……ドキドキするなって方が無理だったんだよ。
「はぁ。ありがとな。俺の芝居をそんなに褒めてくれるのは葉璃ちゃんだけだ」
「……そんなことないです。ミュージカルのこと取り上げた雑誌もテレビもぜんぶ聖南さんを絶賛してました……」
「そうなの? 俺媒体の批評見てないんだよな。大根だって書かれてんの見たくなくて」
「そんなこと書いてあるわけないです……」
「そっか、葉璃がそう言うなら信じようかな」
「……はい。信じてください。っていうか事実だし……」
ブツブツぼやく俺の何が面白いのか、聖南はまた豪快に笑った。
まぁ……聖南がお芝居に何の未練も無いってことが分かっただけでも良かった、かな。
ほんとはまだどこかで〝やりたい〟気持ちが残ってたら、俺は精一杯聖南の背中を押してたけど、それはもはや余計なお世話ってやつになりそうだ。
聖南はしっかりと、区切りをつけてる。
それに俺は、珍しくちょっとだけ良い様に考えちゃってるし。
ウソは吐かない聖南の『ガチの芝居は二度とやらない』という言い方は、やっぱりどうしても期待してしまうって。
「はぁ、相変わらず葉璃ちゃんにはぜんぶゲロっちまうなぁ」
「そんな……俺で良ければ遠慮なくいつでもオエオエしてください」
「あはは……っ、オエオエって! それマジで吐いてね?」
「言い方間違えました……」
「あははは……っ」
あぁ、聖南は笑顔がほんとによく似合う。
カッコいい。とっても綺麗だ。
細くなった目元も、笑う口元から覗く八重歯も、お腹を抱えて爆笑する大きな体も、愛おしくて仕方がない。
すぐに言葉を間違えるバカな俺を少しも呆れないで笑ってくれる、そんなところが大好き。
なぜか俺にだけ心の中をぜんぶ見せてくれる、自惚れそうなほどの深い信頼は嬉しさ半分、恐れ多さ半分だったりするんだけどね。
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