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57♡④
重たくなりかけた空気を打ち消すような聖南の笑い声のおかげで、しんみりとした雰囲気にはなりようがなかった。
二人とも晩ごはんは済ませてる事だし、とりあえずお風呂に入ってまろまろしよう──そう言って聖南が立ち上がったのにつられて、手を引かれた俺はおとなしく後ろをついて行く。
奥行きがあるお部屋だなとは思ってたけど、実際に案内してもらうとそこまで広々としてるわけではなかった。
いくつも部屋があって迷いそうだとかそんな事はなく、あったのは畳張りの広めの寝室とシンプルなバスルームとトイレ。ただその辺に置いてある調度品や家具が一級品で、お金持ちの人が一人で優雅に過ごしたい時に利用するようなお部屋だなって印象だ。
さっきまで居たリビングルームから奥にまっすぐ歩いてく途中に寝室があって、今日はベッドじゃなく布団なんだって喜んでる聖南は無邪気で可愛い。
「ふふっ、聖南さん嬉しそう」
「俺初めてなんだよ、畳に直で寝るの。それにこないだみたいなハリウッドツインは勘弁だからな。狭かったじゃん、ほら……色々と」
「あ、……」
手を繋いでお部屋を案内してくれる聖南が、ふと俺を振り返って意味深に笑った。
俺もあの日の事を思い出してたから、つい顔が熱くなる。
たしかにこないだはシングルベッドが二つくっついてて、いざって時にどっちでシようか軽く話し合いまでしたんだよね。
『あれ、聖南さん……ここベッドが分かれてますね』
『そうなんだよ。真ん中は避けねぇと、途中で葉璃ちゃんが嵌まり込んだら大変だ』
『え〜? そんな簡単にズボッといかないでしょ?』
『分かんねぇじゃん。今から激しい運動すんのに』
『は、激しい運動って……』
『こっちか、こっち、どっちがいい?』
『えっ、選択出来るんですね? んーと、どっちも一緒なんで悩みますね。……あっ、こうやって横向きになれば二つとも使えるんじゃないですか?』
『横向きって……あぁ、そういう事か。ベッドの概念壊すんだ。さすが葉璃ちゃん』
『いえいえ、そんな……ていうか、そもそもそのまま寝たら聖南さんはみ出しそうですよ』
『待て。これシングルだから俺の身長だと横で寝てもそんな余裕無い』
『あっ、ほんとだ! 聖南さん大きいですもんね!』
『モデルにしちゃ小せえ方なんだけどな』
──こんな会話をして、それからやらしい事をたくさんして……その最中に聖南の不安が的中した。
向かって右側のベッドでイチャイチャグチャグチャしてたら、二人とも夢中になってて真ん中まで来てるのに気付かずに、俺が隙間にスポッとハマった。
頑丈なベッドだからそうそう隙間なんて生まれないはずなのに、激しい運動ってやつをしてたから……。
体位を変えようと聖南が俺の体を転がした途端、スポッ。そんなに慌てるほどじゃなかったのに、『うわわっ』て手足をバタつかせてる俺を見て聖南が爆笑して、俺もついもらい笑いしちゃってエッチが中断されたんだよね。
……今考えると、俺と聖南はいつも学生のノリみたいだ。
あんなハプニング一つで、二人して笑い転げたんだから。
おかげでいつも時間が経つのがあっという間で、高速で時が進んでるような錯覚に陥る。
俺も聖南も、普段はそこまでお喋り大好き!ってわけじゃないのに。
聖南はオンの時のキャラがあるから、どうしても世間からは明るくて社交的なところに注目されがちだけど、プライベートだと落ち着いたお兄さんって感じなんだ。
背が高い分威圧感みたいなものは拭えないものの、それはほんとに見た目だけ。
聖南は、笑い上戸で争いを好まない、基本的には温厚な性格だ。
「葉璃、ここ露天風呂もあるんだけど、どうする?」
「えっ! うわぁ、いいなぁ……! ぜひ入りたいです! あっ、でも外には出ない方がいいですか?」
「ん、なんで?」
バスルームに入るや服を脱ぎ始めていた聖南が、不思議そうに首を傾げる。
俺は、鏡越しに見た自分が膝丈のスカートを履いてる事に気付いて、今さらながらに〝密会〟を思い出した。
この和風なお部屋がプチ旅行みたいで、うっかりのほほんモードになってしまっていた。
「二人で露天風呂なんて入ってたらマズくないですか? だって神出鬼没の記者さんが……」
「それなら大丈夫。完全に外部からは見えない造りになってっから。露天は大体そうなんじゃねぇの? 一般客でもそんなの嫌だろ」
「あぁ! たしかに! なんか俺勘違いしてました。露天風呂って外から見放題なのかと……」
「いやいや、それは無い。その辺の配慮はちゃんと成されてるよ」
見放題って。と、またケラケラ笑う聖南の横顔に見惚れながら、俺もちょっと恥ずかしいけど服を脱ぎ始める。
聖南に頼まれて春香が買ってきてくれた名無しちゃん用の洋服は、今回からは一回着たらそのまま廃棄しようってことになった。
ウィッグだけは持ち帰って良くて、明日着る用の洋服は聖南が用意してくれている。
何とも贅沢な話だ。
そんなに俺にお金かけないでくださいって何回も言ってるのに、プチ遠距離恋愛を楽しむための必要経費だとか言って聖南は頑として譲らない。
だからもう、俺は諦めた。
聖南の言う通りにしてれば、楽しいことしか待ってないんだもん。
「そういや、この部屋にたどり着くまでに人の気配感じた?」
「えっ!? 人の気配ですか!? えぇ……?」
「あはは……っ、オバケ的な話じゃなくて」
「あっ、えっ? リアルな人の気配ってことですか?」
「そう」
「いや……何にも……。俺さっき主人公になりきってて、そっちに集中してたし……」
「あはは……! そうだ、そうだったな」
ビックリした……。
てっきりここはいわくつきの旅館なのかと一瞬ビビっちゃったよ。
人の気配は……少しも感じなかった、よね。
道のりは砂利道だったから、別の誰かがそこに居たら足音で分かるはず。
聖南は例の記者さんを警戒してるんだろうと、俺はそう思ったんだけど……。
「葉璃にボディーガードつけてっから」
「え!? そうだったんですか!? でも全然気配なかったですよ!?」
俺のそばにボディーガードさんが居たの!?
今度は違う意味でビックリする俺に、全裸になった聖南がアメニティーグッズをガサゴソしながら「だろ?」と平然と言った。
「少なくとも常に二人は居るはずなんだ。さすがにもう休んでるだろうけど」
「え、えぇ……? ほんとに何の足音もしなかったと思いますよ。忍者みたいですね……」
「去年と同じボディーガードがついてくれてるらしいんだけど、俺もまだ顔知らねぇんだよな」
「えっ、ちょっと待ってください。そのボディーガードさん達って、今日だけですか? もしかして……」
「いや先週の密会後すぐからついてるはずだけど」
「えぇーっ!? そ、そうだったんですか……っ」
知らなかった! ていうか全然気付かなかった!
自分で言った「忍者みたい」が絶妙な例えだと思うくらい、何の気配もないんだよ!
去年も色々あって俺に危険が迫ってると知った聖南が、〝パパ〟に頼んでそういう手筈を整えてくれたのは知ってたけど……。
あの時もまったく気配が無くて、ほんとに居るの?って疑ってしまいたくなるほど、まるで忍びの者だった。
さっき俺がRPGの世界観に浸ってる時も、どこかで守ってくれてたなんて……そりゃあ安心して主人公になりきれてたはずだ。
しかもそれは今日だけじゃなく、今週ずっとだったとは……。
これは俺が鈍いだけなの? それともボディーガードさん達が優秀過ぎるの?
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