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57♡⑥
聖南は、ヒナタの正体を公表する事はメリットしか生まないって言ってた。その理由を、俺はちゃんと覚えてる。
俺がどれだけ全力で否定しようが、聖南は俺のことを業界の先輩として大袈裟なくらい認めてくれていて、それを世間に知らしめたいって……そう言ってたんだよ。
だからって俺は、それを素直に受け止められない。
俺には不相応としか言いようのない会場は、その後の責任も取れないようなド新人が別人になりきって立っていい場所じゃない。
それがどんなに必要な事でも、今までの任務とはちょっと違うものがある。
それに……すぐにOKと言えるほど、ヒナタの任務は生易しくなかった。
Lilyのメンバーから受けた言動の数々は、聖南に泣き言を吐いちゃうほどツラかった。
女の子のグループはみんなこうなの? ってげんなりするくらい殺伐としたレッスンも、楽屋での空気も、見せかけですら仲良く出来ない根本的な悪感情も、嫌で嫌でしょうがなかった。
でも、アイさんの気持ちもメンバーの気持ちも理解できる部分があるからこそ、俺は最後の最後までみんなを幻滅しきれなかったんだ。
この世界で生き残るためには、多少は図太くなくちゃいけないから。
女の子のアイドルは短命だから、輝けているその瞬間をいかに上手く掴んで今後に繋げていけるか、みんな戦々恐々としてる──と、聖南が苦々しく話してくれたことがあった。
だったら部外者の俺は、空気でいよう。
すでに出来上がったLilyの形を崩さないように、与えられた任務をしっかりこなす事だけに専念しよう。
俺は元々根暗でネガティブな性分だし、気配を消すのもうまいし、いちいち気にしてたら保たないあれこれは見ざる聞かざるで乗り切ろう……。
そうやって自分に言い聞かせながら、何とかやりきった半年間だった。
「……どうしても無理?」
「…………」
「俺が頼み込んでも?」
「…………」
薄茶色の瞳が揺れている。
俺が涙ぐんでいるのを見て、聖南の中で広がった罪悪感がどんどん大きくなってくのが分かる。
それと同時に、思い描いてたプランの成功が果たせない事にも動揺していそうだ。
俺は、何も言えなかった。
口を開けば謝罪の言葉しか紡げないのが分かってて、これ以上聖南に申し訳ないという気持ちを抱かせたくはなかった。
「ごめん。無理強いはしたくないんだ。無理強いは……」
「…………」
とうとう聖南まで俯いてしまった。
優しい聖南には、彼が俺に頼み込もうとした熱量と同じくらい俺の「すみません」も本気だってことが伝わっていて、どう言えばいいのか分からないみたいだ。
説得したいけど、無理強いはしたくない……って、そういう事だよね……。
「いや、まぁ……そうだよな。ヒナタの任務中、葉璃は俺の知らねぇとこで一人で戦い続けてたんだもんな。メンバー間のいざこざに巻き込まれて、デケェ嫉妬を向けられて、最終的には実害受けて〝ハル〟としての出番まで潰された。……傷付いてねぇ方がおかしいよ。結果的に譲歩はしてやったけど、許せなくて当然だ」
「…………」
言いながら、聖南は俺をそっと抱きしめてくれた。
いつもの息が止まりそうなほどのキツい抱擁じゃなく、聖南の気持ちそのままのお伺いを立てるような優しい腕に、涙がポロッとひと粒こぼれた。
「……ごめんな。俺の方が考えナシだった。葉璃にとっては思い出したくもないくらい酷なこと言ってんの、自分で気付いてなかったんだ。世間に葉璃を認めてほしい、俺の葉璃はこんだけ頑張ったんだぞって、みんなに褒めてほしかった。葉璃の存在が一つのグループを救ったんだって……知らしめたかっただけなんだ」
「……聖南さん、……」
「本当にごめん。意気揚々と、何考えてたんだろうな。なんで葉璃は断らねぇって思えてたんだ。バカだ、俺は……何も分かってねぇじゃんな」
「そんな、……っ」
「葉璃の気持ちをまるで考えてなかった。ごめん。……マジで、ごめん……」
「…………っ」
なんで……なんで聖南が……っ。
そんなに謝ることないよ……!
どうしてそこまで言ってくれるの?
出会ってからずっと、俺の気持ちに誰よりも寄り添ってくれてるのは聖南だよ。
聖南は、俺にヒナタになってほしいだなんてことを、冗談めかして言うような人じゃない。
忙しい合間を縫っていろいろ考えて、考えに考えて、練りに練ったプランの一つがそれだっていうだけ。
聖南はなんにも悪くないよ。
悪いとこなんて一つも無いよ。
俺のがんばりをすぐそばで見守って、いざって時にだけ頼もしい手を差し伸べてくれた聖南の「ごめん」に、心がぎゅっと締め付けられた。
聖南がどんな思いでヒナタを昇華しようとしてくれたのかが、その絞り出すような声で充分伝わった。
「ごめん」だなんて、言わせちゃ……いけなかった。
「聖南、さん……」
「…………」
ごめん、聖南……。
俺、また……自分のことばっかり考えてた。
正体を明かした後、周りがどういう反応をするのかがこわい、何かあっても責任は負えない、そんなことばっか……。
「……葉璃、安心しろ。プランを練り直す。ヒナタの公表についてはもっと……」
「聖南さん」
意を決した俺は、ササッと浴衣の袖で涙を拭い隠して顔を上げた。
「……ん?」
「考えさせてください」
「は?」
「お風呂、浸かってきていいですか?」
「は、え? 風呂? 今から?」
「はい」
「……いいけど……」
「一人で考えたいんで、行ってきます。なるべく早く出ますから、出来れば起きててほしいです」
「……分かった」
聖南が頷くよりも先に、素早く立ち上がる。
一人で考えなきゃ。と思った。即答できないくせに。
生意気にも程がある。
一人で考えても結論は変わらないかもしれないのに。
聖南を待たせて期待を煽って、俺はいったい何してるんだろって後悔する羽目になるかもしれないのに。
「あんまり長湯するなよ。お湯熱めだったろ」
「……はい」
俺の背中にそんな言葉をかけてくれる聖南を振り返ると、どうしても胸に飛び込んでしまいたくなるから、斜め下を向いたまま頷くだけに留めた。
雰囲気のある和のお部屋だから、夜中に薄暗い照明頼りに歩くのはちょっと怖い。
一人で考えるには最適な場所だと真っ先に浮かんだお風呂も、いろんな意味で緊張感のある空間になっちゃうかもしれない。
でもいいんだ。こわくない。
一人でちゃんとじっくり考えて、結論を出さなきゃいけない。
俺のことを大事に思い過ぎてるがゆえの大それたプランは、きっとほんとに、あの半年間が丸く収まるように練られてるんだろうから。
聖南の気持ちがたっぷり詰まった、最後の仕返しかもしれないから。
「やっぱ熱いな……」
浴衣を脱いで掛け湯をし、ゆっくりと足先から浸かっていくと、体に馴染むまでしばらくかかるくらいお湯の温度が熱めだ。
その代わり、澄んだ冷たい空気が首から上を冷やしてくれる。そして見上げれば、鬱蒼とした木々と、その隙間からは静かな夜空が覗いてる。
昼間の眩しさが夢みたいだ。
そこが自分の居場所だと胸を張って言えるまで、俺はまだまだ何年もかかってしまいそうなほどのまばゆい世界は、周りのお兄さん達や大切な仲間たちが居なきゃ続けていられない。
なぜか急に飛び込んでくる緊急任務のどれもこれも、そのみんなが居なきゃ成り立たなかった。
俺と聖南の関係のことだってそうだ。
これまでみんなにどれだけ心配をかけてるか……お世話になってるか……。
それに、これはほんとに、俺の気持ちだけで片付けられる問題じゃないよね。
半年間もLilyとETOILEのファンを騙し続けていた──これは直接、俺が謝らなきゃいけないことなんじゃないの?
聖南は俺に、その場を……その機会を、与えてくれようとしてるのかもしれない。
実際にLilyと俺がその後も最適な道を進めるように、ファンの人たちと世間にちゃんと謝って、一区切りをつけなきゃいけない……。
その事を、聖南は遠回しに教えてくれてるんだ。
「……聖南さんのパカ。いつもいつも優し過ぎるんだよ……」
俺が傷付かないように、凹まないように、ぐるぐる悩まないように、いかにうまく伝えようかって聖南も相当やきもきしたはずなのに……。
「すみません」……撤回しなくちゃ。
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