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58❤︎②
葉璃が受けてきた数々の無礼を思えば、LilyやSHDエンターテイメントにはたっぷりと〝お礼〟をしなければならない。
雲隠れしたアイを捕まえるための作戦が見事成功したあの日、社長からの後押しもあってほぼ仕返しは完了したと言える。
葉璃に最終的な判断を委ねた結果、Lilyはアイドル生命を絶たれずに済んでいるが、とはいえ聖南の溜飲は下がっていなかった。
だがSHDエンターテイメントは事実上の倒産に追い込まれ自滅、Lilyは事務所の移籍を余儀なくされ、現在非常に肩身の狭い思いをしている事だろう。
マネージャーとなったあの佐々木の下では、おそらく今までのような傲慢な態度ではいられない。
事務所の移籍まではアシストした聖南も、以降は彼女達自身のやる気次第だと復帰への協力など微塵も考えてもいなかった。
しかしヒナタがそんなにも話題になっているのならば、公表の仕方一つで〝ハル〟にも影響が出るかもしれない。
各メディアへの通達のみで終わらせてはいけないというのは、何を隠そう葉璃のためでもあった。
「今後Lilyが活動してく上で、ヒナタの存在を無かったことには出来ねぇんだ。それだけヒナタは良い意味で注目を集めてんの」
「……そんな、……」
「だったらもっと公表しちゃマズいんじゃねぇかって思うよな。それも違う。ちゃんと筋を通さねぇと、居なくなったヒナタを追いかける不躾な輩が現れる。それに、Lilyの復帰がヒナタの捜索で霞んじまう」
「そ、それって、どっちにしても俺は逃げられないって事に……っ」
「そうなんだよ。それならいっその事、Lilyのファンなら絶対チェックする特番で大々的に公表した方が、あらゆる方面に一気に真実を伝えられるし、納得もされやすいと思うんだ」
「…………っ」
ヒナタを公表する事で〝ハル〟の評価は確実に上がるだろうが、LilyとETOILEのファンのみならず世間が納得する形でとなると、少なからず周囲の協力が必要になる。
それについては先日、アキラとケイタの耳には入れておいた。
彼らのプライベートの時間をほんの少し削ってもらうことにはなるが、CROWNとしての評判を下げさせやしない、CROWNのファンをも熱狂させてやると力説すると、二人とも快く了承してくれた。
聖南について行くよ、と何年経っても変わらぬ嬉しい一言を添えて。
「……聖南さんのプランを疑ってるわけじゃないですけど、あの……ほんとにうまくいきますか? 聖南さんの想像とは違う反応されても、俺……ほんとに、ほんとに、責任取れないですよ?」
「何かあっても責任なら俺が取るから大丈夫。てかうちの〝ハル〟は自分のポテンシャルの高さを認めてねぇだけで、周りからの評価は高えんだ。俺はずっと、想像で『大丈夫』って言ってるわけじゃねぇんだよ。マジで」
「…………」
「ま、何をどう言ったって葉璃は信じねぇんだろうけど。だからそんなに公表した後が不安なんだろ」
「…………」
アイドルとして致命的とも言えるネガティブ気質は、葉璃にとってはもはや生業における武器となっているのでそこは咎めない。
しかしやはり、観た者を魅了するパフォーマンスが出来る逸材である事の自覚だけは、根付かせてやるべきだ。
公表後の反応とは、主に彼や彼の周囲にとって否定的かつ不利益となるものを想像しているのだろうが、そんなものはごくわずかだと聖南は声を大にして言いたい。
聖南が負わなくてはならない責任など生まれようがない、と。
「なぁ葉璃、俺が言うのも何だけど考える時間短か過ぎねぇか? 葉璃にとっては即答したくねぇ〝任務〟と同じだろ。考えるなら何日もかけていいんだぞ?」
根っからネガティブな葉璃は、雲をつかむような話だと壮大に捉えていそうなので、聖南はもう多くを語るまいと改めて彼の意思を確認する事にした。
だが葉璃は、すぐさま頭を振る。
「いえ……それは大丈夫です。どれだけ考えても結論は変わんないと思うんで」
「……そっか。じゃあそっちの方向で話進めてくわ。……ありがとう、葉璃」
「そんな……こちらこそ、です」
大役を引き受けておきながら、さらにそれを統括する聖南まで慮る葉璃は紛れもなくお人好しな性分である。
なぜ嫌がる事をさせるんだと、聖南にもっと恨み節を吐いたとてバチは当たらないと思うのだが、葉璃にはあまり相手を批難するといった感情が湧かないらしい。
そういうところも好きだ。
穏やかでマイペースで、他人が苦手だと言いながら相手を知る上で否定から入らないところが、少なからず悪感情を燻らせる普通の人間である聖南には、特に眩しく映る。
聖南の前で全裸で正座し、緊張の面持ちで俯く葉璃が寒そうにぷるっと震えた瞬間、聖南はひっしとその体を抱きしめていた。
「……ったく。俺の反省とか後悔をあっという間に浄化しちまうんだから……。葉璃はやっぱり俺の天使なん……」
「あの……聖南さん……っ」
「ん、ん?」
言い終わらぬうちに、葉璃が聖南の声を遮った。珍しい事この上ない。
その上、『こちらこそありがとう』と思いの丈をぶつけようとした聖南に、何やら切羽詰まった視線を向けてくる。
「すみません、ほんとにすみませんっ。そんなすぐ言うなって怒られそうなんで言えなかったんですけど……っ、あの……! 大事なお話って終わりました、……?」
「……ん?」
「いえ、あのですね、……お尻が……ムズムズするんで……」
「えっ、また? マジかよ、病院行く? 悪くなってんじゃ……っ」
「ち、ち、違います!」
ヤバイじゃん! と立ち上がりかけた聖南の浴衣を引っ張る葉璃は、膝立ちになって尚も必死な形相である。
聖南が確認した際は何も違和感が無いと判断したが、ボディーソープが原因と思しきムズムズが再発したとなると今すぐ診てもらった方がいいだろう。
医者とはいえ聖南にとっても大事な部位を見せるのは非常に気は進まないものの、そうは言っていられない。
葉璃の体の方が大事だろ、と言わんばかりに焦った聖南だったが、俯いた葉璃が呟いた「そのムズムズじゃなくて……」に思考が停止する。
──そのムズムズじゃない? じゃあどのムズムズ?
考えを巡らせながら視線を下ろすと、チラと見えた耳が真っ赤になっていた。
そこではたと、葉璃の言わんとする事に気付く。
「あ、……あぁ!」
「ほったらかしなんです……お尻……」
「そうだ、そうだよな。ローションでぬるぬるなんだ、気持ち悪いよな! 気付かなくてごめん!」
「ち、ち、ちが、あの……っ、出来れば、その……さっきのしてほしくて……!」
「さ、さっきの?」
──なるほど、大事な話は終わったのかってそういう意味か……!
同時進行で話を進めようとした聖南の頭の中は、完全に仕事モードに切り替わっていた。
葉璃の成長や決断が嬉しく、これからさらに忙しくなるが葉璃のためならどれだけでも頑張れると奮起した聖南には、珍しく性欲を二の次に出来ていた。
それもこれも全裸の葉璃を前にしても性器が落ち着き払っていたからで、これから葉璃との甘やかしまろまろタイムでも始めようと思っていたところだった。
「あれ、気持ち良かったんです、すみません……っ」
「なんで謝るんだよ! かわいーな、もう!」
「すみませんーーっ」
ところが葉璃は、穴の中に異常が無いかを確認するためだけの行為が気持ち良かったとのたまった。
確かに聖南は、指を中に挿れる前から興奮していた。『確認だけ』、『葉璃のことが心配だ』、『理性を失うな俺』と呪文のように自身に言い聞かせねばならなかったが、無事に〝確認〟を終えられたのは性欲よりも葉璃を気遣いたい想いが勝っていたのだ。
「……いいの? 続きやっちゃうよ?」
聖南の脳内が、欲にまみれていく。
後頭部しか見えないほどに深く俯いた葉璃がこくんと頷いたのを合図に、聖南は理性を手放した。
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