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59♡決算月パーティー! 〜支度編〜
─葉璃─
♡ ♡ ♡
三月の第三土曜日。
毎年あんまり気乗りしないこの日がやって来た。
ぽっかり空いた今日のスケジュールは、夕方から準備に入るパーティーのために空けられたもの。オフなわけじゃない。
それどころか、これから二十二時くらいまで大勢の有名人と一緒にホテルに缶詰めだと思うと、せっかくの日中オフだったのに全然休めなかった。
俺は渋々と聖南が手配してくれたタクシーに乗り込んで、気後れするほどデッカいホテルに到着し、受付でお部屋のルームキーを受け取る。
気配を消してエレベーターに乗り込んだのに、芸能人らしき男の人に話し掛けられて、小声で「お疲れ様です、すみません」と返すのがやっとだった。(あれは誰だったんだろう……)
シングルベッドが一つと必要最低限の家具家電だけが配置されたお部屋に入ると、真っ先に目に入るのはベッドの上に置かれた透明の袋。
これには、社長さん直々に各タレントに割り振ったというコスプレの衣装が入っている。
「今年のは何だろう……」
呟いた俺は、ベッド脇に佇んで首を傾げた。
一昨年のうさぎも、去年の黒猫も、何の動物なのかパッと見で分かった。何たってひと目でそうと分かるカチューシャが袋から見えてたから。
俺は二年連続で動物のコスプレをしてるし、てっきり今年もそのシリーズは継続されるんだろうと思ってた。
だけど今見る限り、それらしきものは見当たらない。
現在時刻は十七時。
パーティー開始が十九時だから、下の大広間には少なくとも十八時半までに降りなきゃいけない。
衣装を着て、独りで鏡の前で羞恥心と戦いながら身だしなみを整えるのに、一時間半じゃ足りないくらいだ。
だからボーッとなんてしてるヒマ無いのに、ガサゴソと袋から衣装を取り出してまじまじと眺めてしまう。
フリフリがたくさんのペラペラなシースルーシャツは、まだこれは衣装だって分かる。寒そうだけど。
でも問題の下は……。
「え、これどうなってるの? ほんとに何これ……?」
折り畳まれたキラキラなラメのついた薄い水色の何かを、ぐいっと引っ張って取り出してみる。
何だかものすごく……派手だなぁ。
コンセプトがよく分かんないけど……と苦笑いしていられたのはそこまで。
「あぁ……! これ人魚だ!」
それはズボンかと思いきや、裾部分が尾びれになっていた。
「えっ、待って。でもこれ着ちゃったら歩けなくない?」
自分の足元にあてがってみるも、見た目通り繋がった先っぽじゃ歩くことが絶対的に困難だって誰でも分かる。
これを履いて、どうやって下まで降りろっていうの……?
ていうか俺、今年は人魚なんだ……?
他人の、それも身近な人たちのコスプレ姿を見るのは大好きな俺だけど、自分もそれをしなきゃならないっていうのは毎年すごく抵抗がある。
俺なんか居ても居なくても一緒じゃないの。コスプレなんかしないでウエイターさんに徹するとかじゃダメなのかな。……と、この衣装を前にすると往生際が悪いことを毎度思うんだ。
「一人じゃ下に降りられないから……誰かに手を貸してもらわなきゃだよね……」
ぼやいてすぐに思い浮かんだのは、聖南の顔だ。
でも聖南は今日、少し離れたところで旅番組のロケをしていて、どんなに早くても十九時ギリギリになるかもって言ってた。
だから聖南が到着するまでは、恭也とルイさん、そしてアキラさんとケイタさんが常に俺のそばにいてくれるように話を通してる、とも言ってた。
過去二年、聖南が俺をここまで連れて来てくれてたけど、今日はそれが出来ないゴメンって昨日の通話で嘆いてもいた。
お仕事を優先してほしいから、そんなのは全然構わない。
でもいざこの衣装を見ちゃうと、心細い気持ちが一気に膨らんだ。
……って、いやいや……もうそんなこと思ってられないよ。そうこうしてたらすでに十五分も経過してる。
人魚ズボンをベッドに置いてスマホを取り出した俺は、最近作られた新しいグループ通話の画面を開いた。
CROWNの三人を真似して、俺たちETOILEも三人で通話できるように設定したのが、こんなに早く役に立つとは思わなかったな。
「……恭也、ルイさん!」
『どうしたの、葉璃』
『ハルポンどないしたん』
良かった……! 二人とも出てくれた!
ほぼ同時に素早く通話に応じてくれた二人は、俺より先にここに到着していたはずで、もしかするともう着替えも終わってるかもしれない。
「あ、あの……っ、ほんとに申し訳ないんだけど、二人とも着替えたら俺の部屋に来てほしいんだ。俺、衣装着たら歩けなくて……」
『えっ!? 歩けない!?』
『歩けん? どゆ事?』
「そうなんです……! 今日の衣装じゃ誰かの手を借りなきゃ歩けないし、最悪運んでもらわないと移動出来ないかもしれなくて、……っ!」
『分かった。なんだかよく分からないけど、急いで行くから、待ってて』
『俺もなるはやで行くわ。部屋番号トークに書いといてな』
「わ、分かりました! 急かしてすみません。ありがとうございます!」
頼もしい二人の声に心底ホッとしながら、ここの部屋番号と涙マークの絵文字をそっと文字に残した。
こんな意味不明な電話を突然受けても、恭也とルイさんはいつもと何ら変わらない。
それどころか自分の支度もそこそこに駆け付けてくれそうな勢いだった。
俺の都合であまりにも申し訳ないから、ここに来るのは着替えたらでいいって言ったんだけど……きっと二人は十分と経たずに来るような気がする。
──トントン。
「葉璃?」
ノックと共に控えめに俺を呼ぶ、低めの落ち着いた声。
やっぱり早かった。電話を切ってまだ五分くらいしか経ってない。
よく知った声に急いで扉を開けると、正装したキラキラな人が入って来て一瞬誰だか分からなかった。
「恭也、……だよね? ほんとごめん。準備急いだんじゃない?」
「そんなことない、大丈夫だよ。それより、衣装は? 今は、歩けてるみたい……だけど」
「まだ問題の衣装着てないんだよ。二人が来たら着て見せようと思って……っていうか、カッコいいね、恭也。白い王子様だ……! 恭也は髪長いのも似合うんだ」
「……恥ずかしいから、あまり見ないで」
「え〜いいじゃんっ、もっとよく見せてー!」
毛束が左肩に乗った、ゆるく一つ結びされた茶髪ロングのウィッグに、金色の刺繍が入った純白のスーツを着た恭也はどこからどう見てもよその国の王子様だ。
隣にお姫様が並んでなきゃおかしいと思うくらい、めちゃくちゃ似合ってる。
自分のことはそっちのけで、めったに見られない茶髪で長髪の恭也をジロジロと目で追いかけてた。
よく見せてって言ってるのに背中を向けるから、俺もついつい躍起になって……。
──トントン。
「ハルポン!」
今度はおなじみのあだ名が扉越しに聞こえて、俺は狭い室内を追いかけ回していた恭也と目配せをしてから、扉に急ぐ。
慌てて開けたそこには、これまたタイプの違うキラキラな人が立っていた。
「ルイさん……! 準備急かしちゃってすみませ……って、ルイさんもカッコいい……! ルイさんは黒い王子様だ……! 恭也と合わせたんですかね!?」
「ほんまや。俺ら衣装似てんな、恭也。色違い……でも無さそうやけど」
「ですね」
ルイさんのウィッグは灰色で、こちらも長髪。
衣装は金色と白色の刺繍が入り混じった漆黒のスーツで、恭也のものと対なのかと思ったけど違うらしい。
はぁ……それにしても二人ともカッコいいなぁ……。向かい合ってるとほんとに絵になる。
お互いのコスプレ姿を見せ合いっこしてる二人は、俺にとって眼福でしかない。
普段着でもそうなのに、今日は特別キラキラなんだよ。
この二人の間に居なきゃならない俺の人魚姿は、到底お目汚しにしかならないだろうなぁ。
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