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59★④
─恭也─
★ ★ ★
今年はいったいどんなコスプレ衣装なんだろう。出来れば目立たない衣装がいいな──。
一昨年は小道具と呼ぶには大き過ぎる鎌を持っていたし、去年は重過ぎる羽根を抱えていて、とにかくどちらも目立ってしょうがなかった。
俺は無難にフォーマルスーツとかがいいんだけれど、おそらくそうはいかないんだろうな。
今日が決まる前から、覚悟はしていた。
三月はこのパーティーがあるって頭に入れておかないと、いざ日程を知らされた時に「そうだった……」と項垂れてしまいそうになる。
ただし、悪いことばかりじゃない。
羞恥心と戦わなきゃならない、大勢の大塚所属の芸能人と挨拶を交わさなきゃならない、長時間拘束されて翌日どっと疲れる……それらネガティブな要因を打ち消してくれるほどのコスプレを、大好きな相方が披露してくれるからだ。
俺は自分のコスプレ衣装がどんなものか気になるのと同じくらい、葉璃の衣装も気になっていた。
今年は比較的無難な『王子様』に安堵したと同時に、葉璃がお姫様だったらいいなと贅沢を思った。
ところが連絡をもらって、歩けない衣装だなんて言うから少しガッカリしたんだけれど……見事に良い方に裏切られた。
今年の葉璃は、俺のお姫様だった。
その時点でETOILEの衣装コンセプトが分かってニヤけてしまったし、ルイさんの衣装を見て納得もした。
描かれていないダークストーリーなんか、この際無視だ。
作中では俺と葉璃は間違いなく結婚する。
なぜセナさんじゃなく俺が王子様なのか、……とてつもなく大きな疑問は残るけれど、お姫様抱っこで会場へ向かえる優越感ったらない。
「あら、ETOILEの二人は人魚姫と王子様なのね」
「素敵〜! お似合いよ!」
「お姫様抱っこなんてしちゃって、熱々ね!」
エレベーターを降りた瞬間に、奇抜な衣装に身を包んだ女優さん達からこう口々に囃し立てられて照れたのは、俺だけじゃない。
腕の中で小さく俯き、いつも以上にどうしていいか分からないといった表情の葉璃は、ひたすらに可愛かった。
「恭也……俺を運搬してるばっかりに目立っちゃうね……。ほんとごめん……」
「役得でしかない、って言ったよ。俺は、葉璃と目立つなら、嬉しい」
「そう思わなきゃやってられないよね」
「今日は一段と、ネガティブだね。こんなに可愛い人魚姫、この世には、葉璃しかいないのに」
「持ち上げ過ぎだってば……」
俺が葉璃にお世辞なんか言うはずないのに、当たり前のように賛辞を素直に受け取ってくれない。
誰が相手でもそうなんだから、これはもう直しようがない葉璃の性格で、今さら俺もどうこうしたいとは思わない。むしろ、通常運転だなぁってほっこりする。
隣を歩く魔法使いは、何やらソワソワ落ち着かないみたいだけれど。
「恭也、そろそろ交代してくれてもええよ」
「まだ十分も、経ってないです」
「あと何分で交代なん?」
「……十五分……くらい?」
「ほんまやで!? ほんまに代わってや!?」
「分かりました」
葉璃をお姫様抱っこしなきゃ気が済まないらしいルイさんは、必死だ。
まぁ……気持ちは分かる。
逆にルイさんがジャンケンに勝っていたら、俺もソワソワモジモジして落ち着かなかっただろう。
早く葉璃を返して……ってね。
「あ、あれ……」
ふと葉璃が一点を見つめて声を上げた。
ほんの小さな火花をルイさんと散らしていた俺も、葉璃の目線の先を追う。
するとそこには、コスプレした芸能人がごった返す一階ロビーで一際輝きを放つ二人組が居た。……というより、滅多に会えないトップアイドルに芸能人が群がっているように見える。
「おう、三人揃ってたか」
「みんなー! やっほー!」
シックなタキシードを身に纏ったアキラさんと、燕尾服に似た衣装(目が覚めるくらい真っ赤だ)でニコニコ手を振るケイタさんが、こちらに気付いて来てくれた。
オーラがある人は、何の変哲もないタキシードや燕尾服でも舞台衣装のように映える。二人はそれをまるで私服みたいに着こなしていて、着せられている感の強い俺とは大違いだ。
「ハル、今年は人魚なのか。何の動物か予想してたのに見事に外れたわ。……似合ってる」
寄ってきたアキラさんとケイタさんは、まず俺とルイさんに「よっ」と声をかけてくれて、最後に俺の腕に抱かれた葉璃を見て目尻を下げた。
強面で近寄りがたい印象のアキラさんに当初から懐いている葉璃も、屈託のない笑顔を返している。
「お疲れ様です、アキラさん。そんな……俺はヘアメイクで何とかなってるだけなんで……。アキラさんは……ホストですか? でもたしか去年も……?」
「ホストは去年な。三店舗経営してるオーナーと兼任してた」
「あはは……っ、そうでした。今年もスーツなんですね、カッコいいです」
「今年は執事だからタキシードなんだ」
「執事? 今年もお金持ち設定なんですね」
「またそれか。なんでハルは俺のこと金持ちに見えてんだ」
「でも実際……」
「あぁ多少は持ってるよ。持ってるけど、俺の見た目でそんな事言うのハルしかいねぇんだよ」
「あはは……っ! アキラさん面白い!」
「……今笑うとこあった?」
至って普通の会話をしていたはずが、俺の腕にも伝わるほど、なぜか突然葉璃は爆笑した。
昔から知ってる俺でも、たまに葉璃の笑いのツボが分からなくて困惑する。だからアキラさんも、いきなり「面白い」と言われてかなり戸惑っていた。
俺はこの状況こそが面白くて、下唇を噛んで何とか耐える。
どんな番組でも自分を崩さない、あのクール一徹なアキラさんを戸惑わせるなんて、やっぱり葉璃は不思議な魅力のある子だ。
「ハル君、俺のも見て見て!」
ケイタさんはそう言うなり、葉璃に全身を見せたかったのかくるりと一回転した。
「ケイタさん、お疲れ様です。あれっ、今年はゲーム関係じゃないですねっ?」
「そうなんだよ! 俺このパーティーでちゃんとした衣装着たの初めて!」
「初めてなんですか! それにしても衣装の色味が派手ですね」
「まぁね。カニの擬人化らしいから」
「カニ……!?」
「この裾のギザギザがカニっぽさを演出してると思うんだよ。とにかく今年は人間役で嬉しいんだー!」
「ふふっ、良かったです。ケイタさんニコニコ」
「ハル君の人魚姫、最高に可愛いよ! そのお姫様抱っこ、あとで俺にもさせてね?」
「えっ? いえ、そんなのダメですよっ。ご迷惑かけるわけには……っ」
一般的には普通と言いがたい燕尾服でも、毎年ユニークな衣装をあてがわれるケイタさんはとても嬉しそうにアイドルスマイル全開だ。
可愛らしい会話に温かな気持ちになっていると、なんと抱っこ立候補者がここにも現れた。
しかもクールな「待った」の声が、もう一つ。
昔々のお見合い番組じゃないんだから……。
「そのお姫様抱っこって、恭也とセット衣装だからって意味じゃねぇのか? じゃあ俺が抱っこしてもいいわけだな?」
「えー! 俺が先に抱っこしたいって願い出たのに! 俺が先だよ、ねっ?」
「ちょっとちょっとお二人さん、待ってください! 恭也の次は俺やとさっきジャンケンで決まってもうたんですよ!」
「えーっ、ルイまで参戦してるのっ?」
「順番待ちなのか」
「そうっす! ハルポンのお姫様抱っこは争奪戦なんで順番は守ってもらわんと!」
苦笑いする俺と、抱かれている事に恐縮中の葉璃の前で、ルイさんいわくの争奪戦が繰り広げられた。
〝あの方〟が到着するまでは、みんなの葉璃だ。
少し遅れるかもしれないから葉璃を頼む──ここにいる四人にそうメッセージを送ったボスは、まさかこんな争いが勃発するとは思いもしなかっただろう。
アキラさんとケイタさんまでも、お姫様抱っこジャンケンしてるし。
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