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59★⑤

「あー懐かしい。一昨年だっけ、アキラと俺でロシアンたこ焼き食べたの」 「あぁ……あれはヒドかった。成田さんがやらかしたやつな」 「そうそう! あんな事しなくても、今日みたいにジャンケンで良かったよね。オーソドックスが一番だよ。すぐに結果が出るし、明確だし?」  葉璃をお姫様抱っこするための順番待ちジャンケンを始めた二人は、デビュー以来ずっとトップを走り続けているスーパーアイドルなはず。  だからと、そんなに葉璃をお姫様抱っこしたいの? と心中で問うのは愚問だ。  葉璃を頼む、と言付かった俺達は皆、メッセージを受け取る前からきっとそのつもりだった。 「なぁ恭也。ロシアンたこ焼きてなんの話?」  二年前の出来事を懐かしみながらの何とも地味な勝負を前に、ルイさんが腕を組んで俺に耳打ちしてきた。  そんな事もあったなぁ、と目前で一部始終を当時見ていた俺は、ルイさんに顛末を簡潔に語った。  ETOILEの初お披露目前日、熱々カップル二人を同室にはするなという社長さんからのお達しで、急遽部屋割りを決めることになった。  その際、葉璃との同室を賭けてわさびがたっぷり入ったたこ焼きをアキラさんとケイタさんが食べる、ロシアンたこ焼きなるものをする事になったんだけれど、成田さんのやらかしで二人ともが悶絶した、今じゃもはや懐かしいエピソードだ。 「あはは……っ! なんやねん、そんなことあったんや!」 「そうなんです」 「で、結局どっちがハルポンと同室なったん?」 「二人、です。ダブルルームに、シングルベッドを三つ並べてトリプルにして、三人が同室に、なりました」 「マジか、何でもありやん! てかそんじゃあ……セナさんと恭也が同室やった、いうことか?」 「そうです」 「それもレアな組み合わせやな! 二人どんな話すんのよ。会話もたんかったやろ」 「いえ、そんなことないですよ」 「あ! そうだ! それ俺も気になってた! あの時、聖南さんと恭也はどうだったの? 楽しくお話したの?」 「えっ……」  当時まだ知り合ってすらいなかったルイさんは分かるけれど、葉璃までこの話題に食い付いてくるとは思わなかった。  至近距離で見上げてくる瞳の破壊力に、たじろいだ俺の視線はゆらゆらと泳ぐ。  あの時……俺はセナさんと同室になって相談した事がある。  それは、身内である葉璃には絶対に言えない。  内容を聞いて水を吹き出していたセナさんからも、誰にも言わない方がいいと釘を刺された。  あれから俺は、活動に専念したい事と、事務所的にも倫理的にも、デビュー直後でスキャンダルはよくないだろう事、相手方も同様である事などをつらつらと長文でしたためて送り、以降はまったく連絡を取り合っていない。 「んー……あんまりよく、覚えてないんだよね。わりとすぐ、寝ちゃったから。コーヒーを淹れて、一緒に飲みながら、デビューに向けての、鼓舞激励を……」 「えぇ、それだけ? ……ふーん?」  あ……葉璃、全然信じてない顔してる。  大きな瞳を半分にして、何か隠してるよねと不服そうな表情で俺をじっとり見てる。  「そんなことないよ」と躱した俺は、もう一つヤバい事を口走ったのを思い出し、さらに背中に汗をかいた。  セナさんまでもドン引きしていたほどの発言を、俺は何食わぬ顔で平然と語った記憶がある。 『…………もし、将来春香ちゃんと結婚して、子どもが産まれると、するじゃないですか……そうすると、その赤ちゃんは当然、葉璃に似……』  あぁ……今考えても最低だ。最低な発言だ。  告白してくれた相手には当然の如く失礼で、且つこれこそ倫理的にヤバいじゃないか。  こんな事を考えているだなんて、葉璃には知られたくない。  恋愛感情でないとはいえ、葉璃に対しおぞましいほどの愛情を抱いているのは事実だから、さすがにこれは絶対に隠しておかなきゃいけないんだ。  万が一にもバレたら困る。  葉璃に嫌われたら……俺は生きていけない。 「やったー! 勝ったー!」  どう繕おうかと考えていた俺は、葉璃からの魅惑の視線に逃げ惑い、思考が停止しそうだった。  そんな時に、天の声が響いた。  アキラさんとケイタさんのジャンケン勝負に、決着がついたらしい。  ……良かった。本当に良かった。  ありがとう、アキラさんとケイタさん。 「俺は不服だから異議申し立てをしたい。三回勝負はどうだ」 「なんでだよ! 勝負はついたんだからゴチャゴチャ言わないの! 往生際が悪いよ、アキラ」 「…………」  真顔だけれど明らかに不満そうなアキラさんは、チラッと葉璃を見た後ごく自然に辺りを見回した。  ルイさんの次に葉璃をお姫様抱っこするのは、ケイタさん。その次がアキラさんって事か。  ……本当に順番待ちになっているな。  口を挟まなかった葉璃は、大焦りな俺よりも二人の勝敗に意識が移ったようで、成り行きに任せようと大人しく気配を消そうとしていた。  助かった、としか言いようがない。 「そういやあの物語て執事おったよな。しかもケイタさんはカニ……。アキラさんとケイタさんも、もしや俺らと同じコンセプトなんすかね?」 「だと思う」 「そうだよー! だって俺とアキラ二人とも執事役だもん」 「俺が恭也の執事で、ケイタがハルの執事……ってことになるな」 「執事が最強過ぎん?」 「ふふっ。……ですね」  まるっと同じ物語のコンセプトを兄弟グループにあてがっただなんて、社長さんも面白い事を考えるなぁ。  まぁ俺は、さっきの話が流れた事にひたすらホッとしていて、話半分なんだけれど。  だとしたらセナさんは何役なんだろう?  残ってるキャラクターはあと……黄色い魚? いや、セナさんに限ってそれは無いか。 「そういや今日のパーティーは企画があるらしいぞ」 「そうなの? アキラ、それどこ情報?」 「さっき社長に会って聞いた」 「へぇ、そうなんだ。企画って何? いつもは社長がササッと挨拶して、その後はただの立食パーティーだったじゃん。ビンゴゲームでもやるの?」 「そんなわけねぇだろ。ドラマの打ち上げじゃねぇんだから」 「じゃあ何なの?」  企画……なんだろう。  俺が出席した過去二年とも、ケイタさんの言う通りほとんど縛りの無い立食パーティーだった。  前年大いに活躍し、事務所に貢献してくれた有名人達を楽しくもてなして労いたいという社長さんの意向が強く反映されたこのパーティーは、別名コスプレパーティーとも呼ばれているけれど、本来は〝お疲れ様会〟が本意だったりする。  そこに何やら企画が入ると聞いて、初めての試みなのかケイタさんが前のめりだ。  徐々に会場内へと吸い込まれてゆくきらびやかな有名人達から離れ、俺達五人は未だロビーに留まり仲良く固まった。 「今日の参加者のうち、事務所への貢献度が高かったり、世間的に大きく話題になった人をピックアップして称えましょう……ってなやつ」 「そうなんだ。そんなの初めてだね。どういう風の吹き回しなんだろ」 「あれだろ、ほら……例の姪っ子」 「あー……そっか、なるほどねぇ。もう来月だっけ。叔父さん張り切っちゃってるんだ」 「セナが知ったら嫌な顔すんだろうな」 「だねぇ。目に浮かぶよ」  苦笑し合う二人の会話を、俺とルイさんも微妙な気持ちで聞いていた。  企画そのものに何ら文句は無いけれど、デビュー前にお披露目の機会があったETOILEと同じく、〝例の姪っ子〟にもその場が与えられるとしたら……葉璃は大丈夫なの。  セナさんが嫌な顔をするように、葉璃も同じくとても嫌な気持ちで、楽しいはずのパーティーの時間を過ごす羽目になるんじゃないの。  ……よし。その企画とやらが始まったら、ボスが到着してようとしてまいと、俺とルイさんが葉璃を守るしかないな。

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