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59★⑥

 俺とルイさんだけじゃなく、おそらく粗方の事情を知るアキラさんとケイタさんも、途端に葉璃のことが心配になって四人一斉に視線を向けた。  ところがネガティブに拍車が掛かっている葉璃は、俺達の心配を別の意味に捉えてしまう。 「…………っ! な、なに? なんで急にみんなで見るの? やっぱり俺の格好、おかしいですかっ? 気付いちゃいましたっ? 俺が一番ヘンだと思ってるんで大丈夫ですよ! 大いにディスってください!」  どうぞ! って、葉璃……誰も葉璃をヘンだなんて思ってないよ。  名だたる女優さん達のコスプレ姿には少しも心が揺れなかったのに、ヘアメイクを施して現れた葉璃にはまばたきも忘れて見惚れちゃったくらいだ。  葉璃の女装姿は、もはや見慣れている。  それなのに釘付けになったんだよ。  俺が王子様役だからなのかは分からないけれど、すぐに捕まえて抱き締めたくなった……なんて心中悶えるほどには、葉璃は立派な人魚姫だ。  最大級のネガティブを大発揮して卑屈なことを言う葉璃をいじらしいと思いはしても、ここにいる誰もクスリともしなかったのが何よりの証拠じゃないか。 「……誰がハルをディスるんだよ」 「そうだよ。ハル君を悪く言う奴は、俺らがコラーッ!って目一杯叱ってやるんだから!」 「ハルポンのコスプレはコスプレやない。まんま人魚……いや、人魚姫なんよ。なんで本人がおかしい思うんかさっぱり分からんのやけど」 「ほらね、葉璃。そんなこと言ってるの、葉璃だけだよ」 「いや……恭也もルイさんも、アキラさんもケイタさんも、ちょっと俺に甘過ぎるんだ。俺のこと知らない人はみんな気持ち悪いって思ってるよ。こんな抱っこまでされて、何様なんだって……」  そう言って俺の胸に顔を埋めた葉璃から、首元をぎゅっと抱かれる。  たったそれだけの動作にドキドキしてしまった俺は、狭量にも順番待ちのお姫様抱っこを誰にも譲りたくないと思った。  無条件に葉璃を愛でる彼らは、ジャンケンで勝敗を決めてまでそれを守っているから、そうはいかないって分かってはいるんだけれど……。 「今日はいつにも増してネガティブだな、ハル。どうした?」 「ボスがまだハル君のメンタルケアをしてあげてないからじゃない?」 「そうか、そうだった。セナは何時頃来るんだ? ロケ現場からこっちには向かってんだろ?」 「今日もロケだったのかぁ。時間的に現場次第では渋滞に巻き込まれそうだね」  セナさんの到着時間は誰も知らない。  スマホを持たずに降りてきた葉璃も当然分からないらしく、ケイタさんの言うことが本当なら、パーティー開始には間に合わないかもしれないな。  仲間が四人も居れば心強いかと思いきや、ふとした瞬間に不安げな表情を浮かべる葉璃はやっぱり寂しいのかもしれない。  会えない日々を乗り越えての今日なら、なおさらだよね。  でも、今日が特殊な日でなかったらセナさんの事で頭がいっぱいなんだろうけれど、そればかりに気を取られている場合じゃない状況が功を奏している気がする。  視界からの情報も多いし。 「お、噂をすれば来はったで」  腕を組んだままのルイさんが、ホテルの入り口辺りを見て顔を顰めた。俺も何気なくそちらを向くと、思わず「あ……」と声が出てしまった。  パーティー開始の十五分前ともなると、さっきまでごった返していたロビーが閑散とする。カラフルで豪華な芸能人らがまばらになり、新たなコスプレ姿の人物は否が応でも目を引く。  葉璃を囲むようにして立つ俺達の視線が、一点に集中した。  現れたのは、薄紫色の華やかなドレスに身を包んだレイチェルさんと、足首まで長さのある金色のウィッグが床を這わぬよう抱えている事務所のスタッフさんだった。 「わぁ……綺麗……。すんごく髪が長い……」 「あぁ。あれはこのキャラクターだな」 「…………? あっ、この映画見た事あります! そっか……レイチェルさんはお姫様なのかぁ……」  すかさずアキラさんがポケットからスマホを取り出し、検索して表示された画像を葉璃に見せている。  レイチェルさんのコスプレ姿は、まさしく俺の脳裏に浮かんだキャラクターそのもので、得意気で自信たっぷりな表情もまるで似せているかのようだ。  遠目で見ても何のコスプレなのかが一目瞭然で、しかも初めての参加なのに少しも物怖じしている様子がない。  居るだけでそこがパッと明るくなるような華々しさのあるレイチェルさんに、楚々とした可憐な花のような葉璃はすっかり怖気付いている。  顔を合わせる度に嫌味を言われれば苦手意識が少しずつ大きくなるのは当たり前で、レイチェルさんのコスプレ姿を褒めつつも、どうかこちらに来ませんようにと願っていそうな葉璃の気持ちはよく分かる。 「初参加なのに心細くないのかなぁ。肝が据わってるねぇ」 「てか誰かを探してんな」 「ホントだ。プリンセスはいったい誰を待ってるのかな〜?」  ロビーに足を踏み入れるも、そこで立ち止まったレイチェルさんはしきりに辺りを見回し、やけに入り口の方を気にしている。  珍しく棘のある言い方をしたケイタさんを咎めなかったアキラさんは、レイチェルさんの視界から隠すように俺と葉璃の隣にぴたりと張り付いた。  さり気ないその言動で、〝叔父さん〟が姪っ子へあてがった衣装が有名なプリンセスだという事にも、アキラさんとケイタさんがあまりよく思っていないのがひしひしと伝わる。  というより、どんな衣装だとしても受け入れがたい事情を俺達は知っているから、過剰に反応してしまうんだと思う。 「……なんや不穏やな」 「え?」 「いやこっちの話」  不穏……? レイチェルさんが来たから?  呟いたルイさんを振り返ると、こちらも珍しく何とも言えない表情でしばらくレイチェルさんを見ていた。  何しろ彼女は、どんな相手でも物怖じしないどころか積極的に話しかけてくるタイプの女性で、特に葉璃にはあたりが強い。  裏側にある少し黒い感情をだだ漏れさせる様は、いかにもな昼ドラ感がある。  距離があるからまだ俺達に気付いていないだけで、ここにいる誰かがレイチェルさんと目が合ったら最後、お付きの者を従えてこちらに向かってくるのは確実だ。  そんな彼女が今誰を探しているのかなんて言わずもがなで、なるべくそれを見ないようにしている葉璃は気が気じゃないはず。  そっと葉璃の表情を伺うと、真っ白なもちもちほっぺがほんのちょっと膨れているように見えた。 「葉璃、……?」 「ん?」  顔を上げた葉璃と目が合った。  レイチェルさんを実際に見ちゃったら、心穏やかでいられないよね。  とても落ち着いてなんかいられないよね。  出来るだけ接触したくはないよね。  葉璃の瞳からは、セナさんを取られてしまうんじゃないかという微かな嫉妬も垣間見える。  唇をツンと尖らせ、頬をぷくっとさせているからには……そういう事なんだろう。  あぁ……そんな……。  妬いてる葉璃ってこんなに可愛いんだ……。  嫉妬が浅ましい感情だというのは、人によるらしい。  だって……どうしよう。  不安そうに膨れてる葉璃、本当に可愛い……。 「葉璃……可愛いね」 「えっ? 何、急に」 「いや……ごめん。心の声が……」 「あ……そう、……」  妬いてる云々は俺の行き過ぎた妄想かもしれないのに、葉璃を見ているとそうとしか考えられなくなった。  葉璃からのヤキモチか……羨ましい。  俺はそういう意味での嫉妬をされる事はないだろうから、ただただ羨ましいとしか思えない。 「まーたイチャイチャしてんのか、お二人さん。後ろに兄者達が控えてることやしそろそろ交代しよか」 「え……」 「えっ、あ、ほんとに代わるんですかっ?」 「そうや。おいでハルポン!」  目の前で両腕を広げられるとそこに飛び込まなきゃという意識が働くのか、葉璃は何ともあっさりと俺の手から離れていった。  「ありがとう、恭也」とはにかんだ笑顔を向けられて、俺は過去一複雑な心境に駆られる。  はぁ……。  俺が妬いてどうするんだよ。  葉璃はみんなの葉璃なんだからわきまえろ、俺。

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