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59♣⑨
見上げてくるハルポンをしっかり見つめて、少しも揶揄する気持ちなんか無いと視線でも訴えながら、まるで一世一代の告白でもするように言うたった。
いやほんまにそういうつもりでは言うてないで?
ウソ偽りの無い気持ちで言うてます、いう事を伝えたかっただけで、俺には恭也ほどのやましい気持ちはあらへん。……多分。
「……ありがとうございます」
そんなことないです、と若干照れ気味な反応が返ってくるかと思いきや、ハルポンの熟成されたネガティブ思考は俺の予想の斜め上を行った。
ほんまにこの子は……。
「ありがとうて……信じてへんな?」
「信じてないです」
「そないにきっぱり言わんでも。まぁそこがハルポンのええとこなんやけどな。信じんでもええよ。今日イチ可愛えのはハルポンやと俺は勝手に思てるから」
「ルイさんが思うのは自由なんで……俺はとてもそうは思わないってだけなんで……」
「プッ……!」
ここまで突き抜けた後ろ向き発言されると、いっそ可笑しなる。
思わず吹き出して、顔を背けてもうたやん。
これがただの謙遜やったら、俺もこないに笑ったりせん。ハルポンが大真面目やって分かってるからこそ、いじらしく愛らしく、面白く映る。
〝今日イチ〟なの自分で気付いてへんのはデフォルトやとして、そん代わり周りの心配は絶えん。
本人に守られたい欲なんかこれっぽっちもあらへんのに、守りたいと思わせる魔性の力みたいなんがハルポンにはある。
難儀な姫や。マジで。
「ハルさ〜ん! 人魚姫、お似合いですよ〜!」
「…………っ!」
離れた位置に避難しとったいうのに、プリンセスは大きく手を振りながらわざわざ爆弾を放ってきた。
いきなりの投下で、またしてもビクゥッ! と俺の腕にハルポンの動揺が伝わってくる。
いい感じにハルポンを落ち着かせられそうやったのに……あのとんでもプリンセスめ……!
「あんなに大きな声で言わなくても……。言いふらしてるようなもんだよ……」
「気にしたらあかん。ハルポン、無の境地に入れ。得意やろ」
「…………」
そら嘆きたくもなるわ。
反射的にレイレイの方を向いた俺は、三人──アキラさんとケイタさん、そんでかなりご立腹な様子の恭也──に囲まれて、ご機嫌な笑顔で手を振る腹黒さに無表情を保ってられんかった。
……最悪や。
ハルポンの精神衛生上、マジでレイレイとの接触は出来る限り避けんとまた俺がカッとなってまうやん。
今にも「声も顔もうっさいわ!」と怒鳴ってまいそうなんを必死で押し殺してんねん。
嘆いたハルポンの顔面がキレたうさぎみたいに見えて和んでまうから、押し殺せてんねん。
ハルポンに感謝しぃや、腹黒プリンセス。
「むぅ……」
「見てみ、アキラさんも顔ぶちギレてんで」
「…………」
「ボスが到着したらあれ以上に浮かれるんやろうけど、ハルポンは何も気にしたらあかんよ」
「気にしてないですよ、別に……」
「そんならええけど」
唇をバッテンにして虚勢を張るハルポンがそう言うんなら、俺が出しゃばる必要ないか。
あっちで『何だコイツは』と隠しきれん怒りのオーラを放つアキラさんに、プリンセスの相手は任せとこう。
窓口役を早々に降りたらしいケイタさんが俺たちの方に向かってきて、アキラさんが仕方なしに対応せなあかん空気になってもうてるもんな。
恭也はもはや空気と化しとるし。
「ねぇねぇ〜そろそろ俺の番じゃない?」
寄ってきたケイタさんと目が合った瞬間、無情な宣告をされる。
いやいや早過ぎるやろ。
俺まだ五分くらいしか姫抱きしてませんけど?
ステージ上と何も変わらんアイドルスマイルを浮かべてらっしゃるが、威圧感を放つのはやめてくれへんかな。
一種のパワハラやで。……姫抱きを奪うパワハラってなんやねん。
「……アキラさん一人にしてええんですか?」
「いいのいいの。今度はアキラが話し相手して、って目で合図送っといたから」
「全然まったく納得してへん顔してはるけど……」
「ウケるよね! アキラのああいう顔あんまり見ないから新鮮〜」
「そんな呑気な」
最後の抵抗を試みてみたが、ニコニコキラキラな笑顔で軽〜く躱された。
「早く早く!」と差し出してきた両手を上下に揺らすケイタさんに、俺は泣く泣くハルポンを託す──。
「ハルポン、短い間やったけど楽しかった。いつでも戻って来てええんやからな」
「えっ、いや、さすがにケイタさんに抱っこしてもらうのはちょっと……!」
「えぇ!? それどういう事、ハル君っ?」
えぇぇ!? ほんまにどういう事ー!?
託そうとしたんにハルポンが俺から離れんのですけどー!? 首にギュッて! ギュッて……!
う、嬉しい……! なんやこの気持ち……!
「ハル君……俺のことキライ? 抱っこしちゃダメ?」
「いえ、そうじゃなくて……! さすがに先輩にそんな事はさせられないです! 恭也とルイさんにも申し訳ない気持ちでいっぱいなのに、ケイタさんにはもっと申し訳ない気持ちになります!」
「そんな風に思わないでよー! 俺は自ら志願したんだよっ? 合法的にハル君を抱っこ出来る機会なんてそうそう無いんだから!」
「で、でも……っ」
あらやだ、ケイタさん。俺とまったく同じことを考えていらっしゃっただなんて。
済まなそうにあたふたするハルポンを愛でたい気持ちは、一緒やったんか。ただ単に面白がってるだけやと。
そうか……そうよなぁ。
たとえそこに居らんでも、ハルポンにはいつもいつでも彼氏の目が光っとる。
今日も例外では無いんやけど、事情が事情やから〝合法的〟やねん。
こんな機会めったにあらへん。
片手で抱けそうなほどハルポンが軽いことも、そばで見ると毛穴一つ目立たんぷるぷる肌なことも、小さい声で案外独り言をブツブツ言いまくることも、姫抱きしてみらな分からんかった。
「ハル君〜! ちょっとでいいからおいでよ〜! 俺細く見えるかもだけど、ちゃんと鍛えてるから落としたりしないよ?」
「でも……申し訳ないんで……」
「俺はハル君の執事なんだから遠慮しないで!」
「…………っ」
受付ロビーから会場に吸い込まれていくコスプレ芸能人が、いよいよ少ななってきた。
昔々ばあちゃんが高校入学のお祝いでちょっとええ腕時計をくれたんやが、そこそこの年代ものになっても時間を正確に表してくれとる。
そろそろ会場入らんとヤバイ。
名残惜しい俺と、おいでおいでをやめんケイタさんの間に挟まれたハルポンには悪いが、時間切れや。
「ハルポン、交代の時間やで。申し訳ない思うならはよケイタさんとこ行ったり?」
「でも……っ」
「そんじゃケイタさん、ハルポンを頼みます」
「任せといて〜!」
「えっ、あっ、ちょっと待っ……!」
「ハル君軽いね〜! こんなに軽いのにターンでブレないのは体幹がしっかりしてるからだ。レッスン頑張ってるんだね」
「い、いえそんな……っ! すみません、ケイタさんにまでこんな事を……! 疲れたらすぐおろしてくださいね、歩けないことはないんで!」
「おろしませーん。今日はハル君歩いちゃダメでーす。コンセプト崩れちゃいまーす」
「…………っ」
ケイタさんにも軽々と姫抱きされたハルポンは、俺と恭也の時よりもはるかに緊張した面持ちで体はカチコチに見えた。
先輩の手を煩わすわけにはいかん、せやけどその先輩が笑顔で畳み掛けてくるタイプやったからグゥの音も出らん。そんなとこか。
「はぁ……」
真っ赤な燕尾服を着た執事に抱かれて去って行くハルポンを見よると、ため息がこぼれる。
恭也……今お前の気持ちが痛いほど分かったわ。
こんなにも複雑な気持ちやったんやな。
なんやまるで、……取られた……みたいな。
俺はハルポンの何やねんいう話なんやけど。
──うん、何者でもないわ。
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