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60☆ 決算月パーティー! 〜挑発編〜
─アキラ─
☆ ☆ ☆
ケイタの野郎……もっといつものコミュ力発揮しろよ。たった二言三言で匙を投げるんじゃねぇ。
「今日も素敵ですね、アキラさん」
「……どうも」
早速話しかけられたじゃん。
俺はどうしたらいいんだ。
ハルのためにも俺が会話を繋ぐべきなのは分かってんだが、奇妙なほどに頭が真っ白でまったく機能しない。
ほんの数分でルイからハルを強奪したケイタの笑顔が遠目に見えて、やけに癪に障る。ああ見えてケイタは押しが強いから、ルイも言い負かされた口だろう。
あー……あっちは平和そうだな。
いつの間にか恭也も紛れてるし。
どうせケイタの事だから、『アキラには目で合図したから大丈夫!』とでも言ってんだろ。
……大丈夫じゃねぇよ。
「…………」
「…………」
ポケットに両手を突っ込み仁王立ちしている俺を、レイチェルがガン見してくる。視線に小石でも乗っかってんのかってくらい、ビシビシと俺の顔にそれが当たってる。
相手……つまり俺の身なりを褒めたっつー事は、おそらくレイチェルもその姿についての賛辞を待ってんだろうが、この状況下で役に立たねぇ脳ミソをフル回転させたってそんなの浮かぶわけがなかった。
出来れば俺は、重そうな髪の束を抱えて気まずそうにしている事務所のスタッフと話がしたい。
初見だが一応大塚の社員証を首からぶら下げてるし、どういう顛末でその任務に就いたのかを掘り下げる方が、俺にとってはまだ有益な気がする。
「あの……私はどうでしょう? 似合っていますか?」
「…………」
欲しい台詞を俺がなかなか言わなかったせいで、業を煮やしたレイチェルは自分からそれを振ってきた。
セナが愚痴りまくってた通り、面の皮が厚い女だ。
過去のトラウマから、ただでさえ女性そのものが苦手な俺に何かを期待する方が間違っている。
「……いいんじゃねぇの」
「まぁっ、本当ですか? アキラさんにそう言っていただけるなんて、嬉しいです。私のおすすめポイントは、この華やかで少し濃いお化粧なんですの。普段は私、ナチュラルメイクでしょう?」
「普段を知らねぇから何とも」
「うふっ、そうでした。アキラさんとお会いするのは久しぶりですものね。去年以来かしら?」
「そうだっけ」
「うふふっ、そうですよ」
しとやかに笑うレイチェルを、俺はすっとぼけながらもかなり冷めた目で見下ろした。
裏事情を知ってて、優しく穏やかに対峙出来るかっての。
何しろこの女は、俺の大切な仲間二人に揺さぶりをかけてやがる。
セナに好意を持つ事自体は、百歩譲って悪くねぇと思う。
問題なのは、行き過ぎた好意によるあらゆる卑怯な所作だ。
俺らにとって一番ダメージのデカいやり方で、それを水面下で着々と動き続けているところが何とも不気味で受け付けない。
それさえ無ければ、俺だって普通に接する事が出来た。
元々他人への興味が薄いし、深く付き合うつもりのない相手との上辺だけの会話なら、この芸歴ともなればお手の物だからだ。
ところが俺の顔色を伺うこのレイチェルは、セナに好意を抱くだけでは飽き足らず、ハルとの仲を引き裂こうと策略し、最終的には自分こそがセナの恋人だと世間に触れ回るつもりでいるらしい。
強かで傲慢だとしか言いようが無い。
俺は、セナとハル……二人の事が大事だから、いっそ洗いざらい社長にチクってデビューの話を白紙に戻せばいいのにと、セナが愚痴を溢してくる度に思っていた。
だがそんなセナにも考えがあって、それはまさに復讐とも言える作戦とやらがあるとか何とか。
まぁそりゃあそうだよな。
当事者でもねぇ俺がこれだけ頭にきてんだから、セナは相当だろう。
自分で何とかしたい。ただしそれを達成するには周りの協力が必要になる。だったら協力してくれた仲間も、そしてファンや世間も納得させるやり方で始末をつけたい──。
我らがボスこそ、強かかもしれない。
その全貌を知るわけじゃないが、俺はどんな事でも協力するつもりでいる。
デビューしてもいないうちからデカいツラしてスタッフをこき使うような〝女性〟に、何ら同情の余地は無い。
「あのさ、来た時から気になってたんだけど」
「気になっていた……? 何でしょうか?」
「パーティーの間ずっと、その髪スタッフに持っててもらうのか?」
「えぇ、もちろん! 本日の私の生命ですもの! 彼がお手伝いをやめてしまったら、大切な生命が汚れてしまいますわ」
「自分で持ちゃいいじゃん。大した重さじゃねぇだろ」
「そんなことありません。カネダさん、パーティーが終わるまでお手伝いをお願いしてもよろしいわよね?」
「はい……っ」
感じ悪い言い方だな。そんな風に圧かけたらNOとは言えねぇだろ。
どう見ても新人っぽい〝カネダ〟は、恐縮し過ぎて俺らへの挨拶も小さく頭をペコペコするだけだった。
それなのにあんな言い方するレイチェルの気が知れない。
ドレス着て気が大きくなってんのか知らねぇが、相手が誰であろうと、自分がどんな立場になろうと人を顎で使うなんざ俺からしたらあり得ねぇんだよ。
「中入ったら適当に座って休んだ方がいい」
「まぁ、アキラさんたらお優しい。けれど心配には及びません。私、体力には自信が……」
「違う。今のはカネダに言ったんだ。これから何時間も立ちっぱでソレ持たせとくつもりか? スタッフだからって何させてもいいわけじゃねぇんだぞ。頃合い見て帰さねぇとだし」
「……ですが、アキラさん。彼は先ほど、問題ないとハッキリ言いましたわ」
「それはレイチェルが言っただけ。コイツは圧に負けて頷いたに過ぎねぇよ」
「圧に負けて……?」
「意見を押し付けること。拒否出来ねぇような言い方してただろ」
「…………」
そんなこと……と呟いて俯いたレイチェルは、まさか俺が言い返してくるとは思わなかったのか明らかに不満そうだ。
てかマジかよ。これからパーティーが終わるまでカネダを拘束し続けるつもりだったのか。
年輩の大御所なら話は分かるが、レイチェルはそうじゃねぇだろ。言っちゃ悪いがまだ同じ土俵にすら立ってねぇじゃん。
とはいえ俺のこの対応は、おそらく間違っている。
カネダに逃げ道を作っているようで、実は板挟み状態を作り上げてるだけに過ぎないのは重々承知していて、それでも止まらなかった。
低姿勢で正論をぶつけても響かない相手に、どう言やいいんだよ。真っ向から苦言を呈するしかねぇだろ。
「ア、アキラさん、お気になさらず。僕なら大丈夫です。お、お、お気遣いいただき、ありがとうございます……!」
「本来ならレイチェルが気遣うべきなんだよ。業務上、事務所スタッフはタレント優先で行動するように上から言われてんだ。だったらタレント側が配慮してやんねぇと」
「アキラさん……なんだか言葉に棘がありますわ。私の考えが間違っていると言いたいのですか?」
「あぁ、間違ってる。なんでパーティーが終わるまでカネダを連れ回せると思ってんのかまるで理解出来ねぇ」
「アキラさんの仰ることは、分かります。けれど、お言葉ですけど……」
いやいや、まだ言い返してくんのか。
俺は先輩風を吹かせたくて偉そうに言ってるわけじゃねぇんだよ。
大手事務所社長の姪っ子ともなれば、その横暴さも一昔前だったら通用したかもしれない。だが今じゃそんなの時代錯誤だ。
一つ違わないのは、デビュー前の新人歌手はほんの少し諸先輩方への対応をミスるだけで干されてしまうって事。
それは関係スタッフも然りで、だから俺はレイチェルのこの生意気とも取れる言動に呆れ返った。
ここは、なんでも我儘が通る場所じゃねぇんだ。
どちらかといえば、同業ゆえに笑顔で互いの腹の中を探り合う、言わば戦場なんだよ。
……と、俺は微かな優しさで、カネダだけじゃなくレイチェルにも考えを改めるよう諭したつもりだったんだが。
次の一言で一気に俺の機嫌が地に落ちた。
「どうしてハルさんは許されて、私は許されないのですか?」
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