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60☆②
セナから聞かされたことすべてを鵜呑みにしちゃいけねぇとは思っていたが、この数分で完全に考えが変わった。
今やっと、本当の意味でセナの気持ちを理解した。
言ってやりたい事の半分も言えず、いつもこんな風にセナはストレスを溜め込んでたんだ。
対女性であるからには、キツい言い方にならないように気を付けてたのが馬鹿らしくなる。
濁して話しても伝わらない。
かと言って直球でぶつかると、まるでこちらが全面的に悪いみたいに悲劇のヒロイン面をされるし、それがさらにストレスになる。
レイチェルとの会話は、様々な裏事情を知った後だと余計に神経を使うと実感した。
特にセナは、社長の事、ハルの事、件のデビューに携わってる事、本来の仕事の事……マジでいつ寝てんだって余計な心配しちまうくらい色んな事情を鑑みなきゃなんねぇ立場で、その上で言葉を選びながら会話するなんて苦行でしかないだろ。
だったら部外者である俺が、この際だからセナの代わりに言ってやろうじゃん。
もちろん二人に迷惑かけねぇ範囲で。
……理性が働いてくれればいいけど。
「アキラさん?」
「……なんでここでハルが出てくんだ?」
「えっ……それは……」
「それを言うなら、ついさっきハルに向かって「人魚姫似合ってる」ってわざわざ大声で周りにも聞こえるように言ってたけど、あれ何だったの? どういう意図があったのか教えてほしいんだけど」
「…………」
質問返しをすると、バツが悪いのかレイチェルは真顔で俺を見つめて押し黙った。
そもそも俺は、初っ端の『なぜハルさんは女性の格好を? ハルさんは男性ではないのですか?』という不謹慎発言で早々に血管が切れそうだった。
ハルの本質を知る奴は、そんな疑問すら浮かびもしない。
外野は、ただ『似合ってる』の一言を伝えるだけでいいんだよ。
自己否定感が強めのハルには、『何も問題無い、大丈夫だ』と安心を与えてやるのが一番なんだ。
こんな特殊なパーティーに参加する以上は、ハルだって覚悟を決めてるはず。
だから、頭にきた。
いくらハルの事を知らねぇからって、嫌がらせのように大声で呼びかけるのは根性悪過ぎんだろ。
何のためにルイがハル連れてレイチェルから遠ざかったと思ってんだ。
男が女装するのはおかしいと、内々しか知らないハルの遍歴にすらケチつけるような|酷《むご》い事を、今にも言い出しかねなかったからだろ。
「ハルが喜んであの衣装を着てると思ってんのか? どう見たって嫌々じゃねぇか。似合ってるかどうかはハル本人には関係無くて、やるべき事と自分がどうすべきかを考えて動いてるだけだ。だけど性格的に、出来るだけひっそりしてたいと思うのがハルなんだよ。俺ら以外の他人が周知していいわけねぇんだ。あんま不躾な言動はしないでもらえるか」
「……っ、アキラさん……私、難しい言葉は聞き取れません」
「質問に答えるとするなら、アレを志願されるかされないかの違いじゃねぇの。少なくともハルはアレを望んでない。むしろ申し訳ないっつって断ってる。だけどレイチェルは違うだろ? 新人に圧かけて、俺が諭しても聞き入れねぇで、時間いっぱいスタッフをコキ使うつもりなんだからな。許されない境界線を大幅に超えてんのは自分自身だろ、どう考えても」
「…………っ!」
今日の事だけじゃなく裏で動いてる事も含め、人としてどうなんだって駄目押しの意味を込めてレイチェルを見下ろす。
まさかの展開にオロオロしてるカネダには悪いが、俺はこれでも理性的に喋った方だ。
声を荒げたって怯えさせるだけだが、その前に何を言っても反発してきそうな鋭い視線を向けてくるレイチェルは、良くも悪くも強心臓だしそこまで気遣う必要は無い。
いや、単純に気遣いたくねぇだけか。
「カネダさんがお手伝いしてくださる事、そんなに悪いことだとは思っていませんでした」
「それなら、パーティー始まったら帰してやれ。会社勤めの会社員っつーのは一応労働基準ってもんが……」
「いいえ、アキラさん。カネダさんにはパーティーが終わるまでお手伝いをお願いしています」
「…………」
「私はこの国に来て一年も経っていません。失礼があったのならお詫びをしたい気持ちはありますけれど、これも彼のお仕事ですわ」
「…………」
……こんなに伝わんねぇもんなのか。
俺の声を遮ってまで何を言い出すかと思えば、考えを改めたわけでも、殊勝な言葉が聞けるわけでもなかった。
〝腹が立つ〟を有に通り越し、ただただ呆れた。
ここまで自分の意思思考を曲げねぇ人間を、俺はこの業界で初めて見た。
衝撃を受けた、って言葉が一番しっくりくるかもしんねぇ。
……セナ、やっぱお前は凄い奴だよ。
らしくなく、何を言っても響かねぇと嘆いてたが、こりゃ相当我慢に我慢を重ねてるに違いない。
「……忍耐力を試されるな」
「はい?」
「いや、こっちの話」
「…………?」
溜め息混じりに呟くと、それをどう捉えたのかレイチェルの表情が明るくなった。
意味が通じてないようで何よりだ。
どう解釈したらそんな態度で居られるのか、俺にはさっぱり分かんねぇよ。
とりあえず若干なりとも苦言を呈する事は出来たが、俺が出した助け舟はレイチェルによって人工的に作られた大波に攫われてしまった。
カネダには悪い事をした。
「何でもいいけど、せめて休憩は挟んでやってくれ。それくらいは許してやれるだろ」
「アキラさんがそこまで仰るなら……」
いやいや……逆にここまで言わねぇとダメなのか。『仕方ないですわ』って?
俺が口出ししなかったら、カネダはもはやトイレすら気軽に行かせてもらえなかったんじゃね?
まったく。スタッフを何だと思ってんだ。
デビュー前とか関係ナシに、社会人として、人間として、教育すべき事がたくさんありそうだが、そこは社長に何とかしてもらうしかない。
「それじゃ」
俺のストレスが限界値を突破しそうだし、そろそろ窓口役を降りてもいいかと背中を向ける。
言いたい事は大方言えたしな。
「お待ちください」
「ん?」
しかし、一歩を踏み出す前に呼び止められた。
振り返った俺に、レイチェルが距離を詰めて見上げてくる。
てか……すげぇ近いんだけど。
「先ほどのお話、私はまだ納得していません」
「……何?」
何だよ。もう話は終わっただろ。
俺は一刻も早くあっちの平和そうな輪に戻りたくてしょうがねぇってのに。
ロクな会話もしないで逃げやがったケイタの立ち回りは、賢かったと言わざるを得ない。
なぜならこのあとさらに、沸点が高い俺をキレさせる一言をレイチェルが放ったからだ。
「どうして皆さんは、ハルさんを庇うのですか? ハルさんが望んでいないのなら、あんな風に皆さんで優しくしなくてもよろしいのではないのですか?」
「…………」
「女性でもないのに」
コイツ……とうとう言いやがった。
俺はたまらず、両目を閉じて天井を仰いだ。
ひとまず思考を止めることに専念したかった。
人間はカッとなった時、七秒以上そうして思考をストップさせる事で次第に冷静さを取り戻していくらしい。
我慢しろ、我慢だ。
ここで女性相手にキレたって何にも得しねぇ。
セナとハルにも迷惑かける。それだけは絶対にダメだ。
話す事は無えと突っぱねて離れれば良かったと、こんなにも後悔する羽目になるとは思わなかった。
たっぷりと三十秒以上は使い、気持ちを落ち着けていく。
その間、問われたハルのことについて考えた。
初対面での制服姿から今日までのハルを、高速で思い返す。そして、どう言えばレイチェルの反発心を打ち砕けるかも同時に考えていた。
「──そうだな、……なんでだろうな。俺にも分かんねぇ。強いて言うなら……ハルは助けが必要な時も限界まで我慢するタイプだからつい……目をかけちまう。ほっとけねぇんだよ、ハルの事が可愛くてしょうがねぇから」
「…………」
「……まぁ、これは俺の場合だ。みんながどう思ってんのかは知らねぇよ。どうしても気になるなら、直接自分で聞いてみたら」
「…………」
レイチェルが悔しそうに下唇を噛んでいる。
おすすめポイントだと豪語していた濃いメイクの向こう側に、激しい動揺を垣間見た。
でもしょうがねぇじゃん。
ハルを侮辱されて、黙ってられるかよ。
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