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60☆③
─ケイタ─
☆ ☆ ☆
ごめんね、アキラ。
悪気は無いんだけどしっかり逃げちゃった。
体が勝手にってやつ。
ヤダな。もう喋りたくないな。ハル君に悪口言う人はいっそ嫌いだな──。
レイチェルのアレを間近で見ちゃうと、こんな思いが渦巻いて得意のアイドルスマイルさえたちまち堅くなっていった。
直接本人に向けられる露骨な敵意を、初めて目の当たりにしたからだ。
それをあからさまに、可愛がってる後輩に向けられちゃ平気な顔なんてしてられないよ。
ただでさえ去年は、対立激しい女性グループ内で揉まれに揉まれたハル君だ。その時も嫉妬やっかみが原因で、それはそれは大変そうだった。
その任務から降りたからには、これからはゆったりのんびり、温かい場所で自分のすべき事を今まで通り頑張れたらいいなって……そう思っていたのに。
またもや女性から嫉妬心を向けられるなんて。
セナとの別居然り、ハル君の受難はもうしばらく続きそうだ。
「ケイタさん、重くないですか……?」
「ううん〜全然」
ハル君の声に反応した俺は、きちんと目を見て微笑んであげた。
だって少しも重くない。時間が許す限りずっとお姫様抱っこしてたっていいくらいだ。
何しろ、こんなに間近で合法的にハル君を眺められて触れられる機会なんか、ホントにそうそう無いんだよ。
セナとのあれこれのおかげで、デビュー前から関係性の深かったハル君と恭也。
出会った頃から大人びてた恭也はもちろんの事、特にハル君は存在そのものが危ういユニセックスな雰囲気で、おまけに根っからのネガティブちゃんだから何だかずっとほっとけない。
俺は三兄弟の末っ子で、CROWNでも立場は変わんないから、まるで弟が出来たみたいで嬉しいんだ。
しかも二人とも、良い方へ成長はしていても内面は出会った頃から全然変わらない。
この業界で一番忘れちゃいけないのは、どんなに有名になっても初心を忘れない事。
何があっても、絶対に。
その点二人は、デビューから瞬く間に人気者の仲間入りを果たし、仕事にも恵まれ、そろそろ天狗になり始めてもいい頃なんだけど一向に業界に染まる気配が無い。
「すみません、注目集めちゃって……。これがほんとの悪目立ちってやつですよね……」
「あははっ、俺は目立ってナンボのアイドルだからねぇ。注目されるのはむしろ嬉しいよ〜。ていうかコレ、悪目立ちじゃなくて羨望の的ってやつだと思うなぁ」
「羨望の的……」
背後のアキラにゴメンと詫びながら、恭也とルイを引き連れて会場に一歩足を踏み入れると、それだけで注目を浴びた。
そこに居る云十名の人気者たちもテレビに映画にと大活躍してる面々なのに、だ。
俺の腕の中でずっと気まずそうなハル君は、パッと見ではまずそうと分からない。
プロの手でとても綺麗に仕上がった人魚姫は、原作での快活さは無いものの儚さは飛び抜けている。
ここ居るコスプレ美女たちに決して引けを取らない。
悪目立ち、なんて謙虚な事を言ってるハル君は本気でそう思ってるから、俺がたとえ褒めまくったとしても、今にも話しかけたそうにこちらを伺う幾多の視線も、素直に受け取ってはくれないんだろうな。
あのセナが愛しまくってるからには、少しずつでも自己肯定感が上がっていてもおかしくないんだけど。
でもまぁ、俺はハル君にはずっと変わらないままで居てほしい。
根暗でネガティブで卑屈な事ばっか言うくせに、たまに爆発したり肝心の芯は強かったり、すべてを守らせてくれるわけじゃない。
そんなの、最高に可愛くて面白いじゃん。
「はぁ。ハル君を合法的に抱ける日がくるとは思わなかったな〜。いい気分だ」
「ケイタさん、その言い方は誤解を招きます」
「あはっ、確かに。ここにセナが居たら俺ぶん殴られてるね」
「……否定はしません」
入ってすぐの、ぽっかり空いたスペースで立ち止まってハル君との談笑を楽しむ。遠巻きに見てくる知り合い連中の視線は、知らんぷりする事にした。
だって今、後輩たちに囲まれてて忙しいんだもん。
俺は大事な大事なお姫様を抱っこ中だし、このパーティーが初めてのルイが恭也に色々と質問をしているみたいだし。
他を構ってる暇は無い。
「ハル君、お腹空いてない?」
「いえ、大丈夫です」
「そう? じゃあ喉は渇いてない?」
「大丈……あ、ちょっとだけ」
「よーし。じゃあ飲み物オーダーしに行こうか」
遠慮がちな人魚姫から、「すみません」と小さく頭を下げられる。
「大丈夫だよ」と微笑んでも、堅い表情のまま。笑顔を返してくれない。
相変わらずハル君は、未だに俺にだけあんまり心を開いてくれてないんだよね。
アキラには懐いてるのに。
出会ったのがアキラより後だったってだけで、こうも違うもんなのかなぁ。
「さーて。どう行こう」
移動したら囲まれちゃいそうだな。
姫が喉の渇きを訴えてるからには、素早く調達しに行きたい。でも今にも話しかけたくてウズウズしてそうなメンツの中に飛び込むのは、姫の精神衛生上よくない気がする。
だだっ広い会場内をどう歩けば最短でドリンクスペースまで辿り着けるか、頭の中でシミュレーションしなきゃ。
ステージから向かって左側に、アルコールありのドリンクスペース(ちゃんとドリンク提供専門の人が居る)がある。要するに現在地からは一番遠い。
ちなみにステージから向かって右側には、お洒落な食べ物がいくつも並んだフードスペース(こちらもシェフが二人常駐してる)があって、そこはまぁまぁ空いている。
どちらも例年と変わりないスペース配置だ。
一つ違うのは、今年はテーブル席が増えていて立食じゃなくなってる事。
そういえば、去年までは無かった巨大なモニターがステージにあるし、アキラがさっき言ってた企画が関係してるのかもしれない。
何て言ってたっけ……あ、そうそう。
事務所への貢献度が高かったり、世間的に大きく話題になった人をピックアップして称えましょう、ってやつ?
いきなりそんな企画を提案するなんて、社長の魂胆見え見えじゃん。
「おいケイタ、代われ」
「──ッッ!」
真剣に考え事をしてたところに突然肩を叩かれて、めちゃくちゃ焦った。
華奢な姫をぎゅっと抱いて守りながら、急いで振り返る。するとそこには、ここ最近じゃ滅多にお目にかかれないほど仏頂面したアキラが居た。
何なんだよ。ついさっきまで会場の外に居たじゃん。
「あー……ビックリしたなぁ、もう。いきなり現れないでくれる?」
「うるせぇ。俺は長時間ストレスに晒されて溜まってんだ。ハル寄越せ」
「ヤダよーだ! 長時間って大袈裟な。俺まだ十分くらいしかハル君を堪能してないもーん。代われませーん」
「その十分で俺のメンタルは崩壊寸前だ。由々しき事態だろ、メンタルケアしなきゃだろ、戦友として協力し合うべきだろ」
「アキラ……いつになく必死だね」
戦友って。レイチェルと会話してたからって、そこまで言う?
あ、いや、ダメだ。俺は早々に白旗を揚げた卑怯者だから、大きな口は叩けない。
とはいえ、そうやすやすとハル君は渡せないよ。
「とにかく早くハルを抱かせろ」
「え〜? ヤダって言ってんじゃん〜! 俺もまだ堪能しきれてないの! こんな機会そうそう無いんだよっ? めいっぱい抱かせてよ! これから飲み物を調達しに行くんだから邪魔しないで!」
「ゴチャゴチャ言うな。次は俺が抱く番だ」
「いいや、今俺が抱いてんの!」
「ちょっ、あの……っ! 二人とも会話が怪しいです! 言い方なんとかならないですかっ?」
ロビーとは違って雑音うるさい会場内では、仕方なく少々張り気味の声でアキラと言い合っていた。
俺達の醜い言い争いに、いったい何事かと体が強張ったのが分かる。しかも「抱かせて」だの「抱く番」だの、かなりヤバめな口論。
気配を消しかけていたハル君も、思わず黙っていられなかったらしい。
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