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60☆④

「あははっ、ハル君ごめんね? ていうかマジでどうしたの。アキラがそんなに余裕ないの珍しいじゃん」  誰が聞いても怪しい言い合いにドギマギしてるハル君に、まずは吹き出しながら謝っておく。  そして次に、ここ数年で一番くらいの仏頂面で俺を睨んでる〝兄貴〟に視線を向けた。  レイチェルと接した時間が苦痛で仕方なかったんだろうって、ちゃんと分かってるんだけど面白くて。  いつ何時、誰が相手でも飄々としてるアキラをこんなにもジリジリさせちゃうなんて、いったいどんな会話をしたんだか。 「……ケイタ、お前分かっててそんなこと言ってんだろ」 「え〜? 分かってるような、分かってないような……」 「ま、ケイタが拒否っても向こうから来る。相手は類まれな強心臓の持ち主だ。……逃げられやしない」 「逃げられやしないってどういう事!? ホラー映画ばりに恐い台詞なんだけど!?」  揶揄いまじりに受け答えしてたら、とんでもなく恐ろしいことを言われた。  俺はちゃんと、アイドルスマイルで取っ掛かり役は果たしたはずだよ?  あれで俺の役目は終わりでしょ?  どうして「向こうから来る」なんて分かるのさ……。 「ケイタさん、少しお時間よろしいかしら。伺いたい事があります」 「えっ?」  き、来た! 向こうからホントに来た!  アキラから肩を叩かれた時と同じく、俺はハル君をガシッと抱いて振り返る。  いつ背後を取られたの。全然気付かなかったよ!  まさしくホラー映画での緊迫感溢れるシーンみたいに、話しかけてきた声がエコーでもかかってるように大袈裟に俺の耳に届いた。  腕の中でさらに体を強張らせたハル君と、アキラの台詞も相まって恐怖で心臓がドキッと跳ねた俺は今、同じくらい動揺してるはずだ。 「伺いたい事があるんだと。ここじゃ何だから、ロビーに出た方がいいんじゃね?」 「はぁ? アキラっ? なんか様子おかしくないっ?」 「何もおかしくない。ハル寄越せ」 「さっきからそれしか言わないじゃんー!」  ここでいつもの冷静さを見せなくていいよ! 〝分かってた〟のはアキラの方じゃん!  俺は嘆いた。  終わったと思ってた役目が舞い戻ってきた事にくわえ、さらりとハル君を奪われた事も、残念で残念でしょうがなかった。  俺から離れてアキラの腕に収まったハル君は、相変わらず「すみません」と恐縮している。でもやっぱり、俺には見せてくれなかった笑顔をアキラには向けていた。  ……ちぇっ。もっとハル君とお話したかったのにな。  ドリンクスペースまでの道中、四方からの羨望の眼差しに気分を良くしながら、たどり着いたそこでハル君と「何飲む?」なんてお兄ちゃんぶって、少しでもお近付きになれたらいいなって思ってたのに。  ハル君のお姫様抱っこは争奪戦だったし、俺が満足すればアキラに交代したって良かったんだよ。  それなのにさ、よりによってレイチェルと話をするために、わざわざ会場を出てかなきゃいけないの?  ……行くよ、行くけどさぁ。  腑に落ちないよ。 「ねぇ何なに? 何の話? もうパーティー始まっちゃうよ?」  男性スタッフに大きな髪の束を持たせたレイチェルが、何とも足取り軽くロビーへと向かう後ろを、俺はついて歩いた。  パーティー開始まで残り五分。  遅れて到着組はもっとずっと後にやって来るんだろう。  さっきまで賑やかだったロビーには俺とレイチェル、そして何だか気まずそうなスタッフの三人しか居ない。  〝伺いたい事〟を聞くにはもってこいのシチュエーションだ。 「アキラさんから、みなさんに聞いてみたらどうかと言われました」 「う、うん? 何を?」  ふと足を止めて振り返ったレイチェルが、真っ直ぐに俺を見てくる。  異国の女性は、彫りが深くて美しい。真っ青な瞳も綺麗だ。  日本の芸能界にも少なからず海外の血が入ったタレントが多く居るから、見慣れないわけじゃないけど……なんでだろうな。  色々知っちゃってるからか、こんなにも美しい女性から見つめられても否定的な思いが湧いてきちゃう。 「なぜみなさんは、ハルさんを庇うのですか? そんなに優しくする必要がありますか?」 「えぇっ?」  伺いたい事って、それ?  どうしてそんなくだらない事を……って、いやいや、そんなこと思っちゃダメだよね。  この声色、眼力的に、彼女にとっては大真面目な質問なんだ、きっと。  だったら俺も真剣に考えて答えなきゃ。  またハル君の事? なんでそんなに気になるの? ホントはあれもこれも知ってる上で探りを入れてるだけじゃないの? ──なんて心の声は、さすがの俺も押し殺した。  俺がボロを出しちゃったら、元も子もない。  質問の意図をちゃんと考えながら喋んないと。 「うーん。ハル君に優しく……してるかなぁ? そう見えてるの?」 「はい」 「そう……。俺はあんまり意識してなかったよ。庇ったりもしてない。ていうか何から庇うのさ」 「ハルさんは男性でしょう? いくら決められた衣装があるからと、着ない選択も出来たはずですわ。おかしな目で見られますもの」 「そうかなぁ? 似合ってるよ? それにハル君は、与えられた仕事をこなしてるだけじゃない? このパーティーも呼ばれた時点で原則参加しなきゃだし、まだ新人の括りだと拒否はできないでしょ」 「…………」  根本的なところで疑問に疑問をぶつけてしまうのは、俺の悪い癖だと思う。  レイチェルはおそらく、こんな台詞が聞きたかったわけじゃない。聡くない俺でもそれは何となく分かる。  だからって俺は、欲しい台詞を言ってあげられるほどセナとハル君みたいなお人好しにはなれないんだよ。 「一つ聞きたいんだけど、誰がハル君をおかしな目で見るの? 出席者みんな結構奇抜な衣装だから浮きはしないし、俺はそもそも似合ってたら何でもいいってスタンスだし? お姫様抱っこも、俺がしたいって言ってハル君が受け入れてくれただけだよ。だとしたら、ハル君じゃなくて俺の方がおかしいって事になるね」 「そんな……! ケイタさんは何もおかしくないですわ! 素敵な殿方です。とても……」 「ありがとう。……俺思うんだけど、アイドルみんなが同じような〝殿方〟だったら世間が飽きちゃうんじゃないかな。ハル君みたいな中性的な子もいた方が、売れる売れないの観点ではあらゆる面で前者なんだ。デビュー前からちっとも変わらない姿勢も好印象だしね」  いかにハル君という存在が稀有か、来月デビューする新人歌手に教えてあげたい一心で熱弁をふるう。  おかげで話してるうちに、止まらなくなっていた。 「……ハルさんが望まないのなら、無理に優しくしなくてもいいと思うのです。みなさん、私にはあれほど紳士的ではありません」  あぁ、そういう事か。  美しく輝く真っ青な瞳が、俺を捉えたまま微かに揺れている。気持ち一歩近寄ってきている気もする。  要は聞きたかったのはそれだけなんじゃないの。  余計な前フリは要らなかったよ。  すべての根源はハル君への嫉妬心。そうでしょう? 「あはっ、そりゃそうだよー! 申し訳ないけど、ハル君のことはデビュー前から知っててもう三年の付き合いなんだよ? レイチェルさんはハル君の事をどれだけ知ってるの? 全然知らないでしょ? 俺たちは意識して優しく紳士的に対応してるわけじゃない。ハル君の考えてる事が手に取るように分かるから、「大丈夫だよ」って安心させてあげてるだけ」 「…………」 「あの子こそ「大丈夫」が口癖だからねぇ。庇いたくても庇わせてくれないの。すぐ一人でぐるぐるしちゃうくせに、頑固ちゃんなんだよ。困ったもんだよねぇ」 「…………」  これまでの頑張り屋さんなハル君を想像してくうちに、俺は瞳を閉じて自分の言葉にうんうんと頷いていた。  レイチェルが俺から何を聞き出したかったのかは知らない。  だけど明確に言えるのは、レイチェルはハル君とは比べようもないって事だ。  なぜ自分がそう扱われないのか……もしもそれを不満に感じてるとしたら、まさにこの状況下が俺の答えでしょ。  どうしてあなたがハル君と対等だなんて思えるの。  ダメだよ、驕りは。

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