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60❤︎⑤

─聖南─ ❤︎ ❤︎ ❤︎  今日のロケ地は、そう遠くはなかった。  常に愛車で移動する聖南の予定では、パーティー開始の十九時には間に合わずとも一時間程度の遅れで済みそうだったのだ。  しかし現在、聖南は高速道路で立ち往生している。大方の予想通り渋滞に巻き込まれてしまっていた。 「……マジかよ」  右手でハンドルを握り、何度となく左腕を上げ時計を確認する。  ちまちまと数メートルずつしか進まない前方を見やるが、景色は変わらぬまま。  とっくにパーティーは始まっていて、下手すると社長の思いつき企画もすでに進行中かもしれない。  この分では、到着はこれからさらに一時間後だ。スムーズに走れたとしても大遅刻は免れない。  仕事を終え大急ぎで向かっている事を社長やアキラには伝えてあるのだが、肝心の葉璃には未だ直接の連絡が出来ていなかった。  聖南の連絡に応じないので、おそらく彼は今スマホを携帯していない。  信頼の置ける者達四名に葉璃を任せているからにはそれほど心配する必要も無いのだろうが、聖南が焦れているのには訳がある。 「一緒に観たかったんだけどなー……」  無音の車内で独り呟き、ハンドルにもたれ掛かった。  誰よりも楽しみにしていたものに間に合わない可能性が出てきたとなると、いっそ車を捨てて走り出してしまいたい衝動に駆られる。  もちろんそんな馬鹿な真似はしないが、もしもを思うと残念で仕方がない。  それというのも、なんと今日、首を長くして待ち侘びていた完成したばかりの葉璃のCM映像が、パーティー内で披露されるのだ。  来月のPRイベントを待たずしてのお披露目となるそれは、パーティーに参加した有名芸能人達と事務所役員らのみが観る事を許された、貴重な映像である。  コンクレの担当者からCM完成の連絡が入っていたのが、五日前の事。ただ聖南は、今日までコンクレ本社へ赴く時間が取れなかった。  データで送信してもらう事もちらりと頭をよぎったのだが、万が一漏洩でもした日には大変な事態になる。  それならばと社長に話を通したのが、ほんの三日前だ。  たった今、進まない車中で鳴り響いたスマホの画面にその名が映し出され、テレパシーでも届いたのかと非現実的な事を思う聖南の口角が上がった。 「……ん、俺だけど」 『セナか? あとどれくらいで到着だ?』  賑やかな雑音の中、高性能のマイクが社長の声をしっかりと届けてくる。  BGMの無い車内だからか、それが余計に聖南の焦りを生んだ。 「んー……どれだけ急いでも一時間半後。マジで進まねぇんだよ。この先で検問でもやってんのかってレベル」 『そうか。企画は予定通り二十時から始めるが、セナが観たがっていた例の映像は到着を待つから安心しなさい。焦って運転し事故でも起こしたら大事だ』 「マジで? それ聞いてホッとしたよ」 『ホテルに到着したら一度連絡するように。それまでこちらはパーティーを進めておく』 「分かった」  一分足らずの通話を終え、聖南はホッとひと息ついた。  ──良かった……。  葉璃と同じタイミングで観る事にこだわったわけではないけれど、せっかく社長が便宜を図ってくれたのならばこの機を逃す手は無い。  打ち合わせから撮影まで関わったからには、観た者達と感動を共有する事が出来るのはもちろんの事、当事者である葉璃がまるで他人事のように観覧する様を、この目でしかと見届けられるのは素直にとても嬉しい。  今年から、例年には無かった企画として大々的に功労者を労う事にしたと聞いた時は、『なんでいきなり?』と首を傾げたものだが、社長の思惑までをも読むと〝なるほど〟と納得せざるを得なかった。  姪っ子バカな社長は、本来は昨年末にデビューする予定で急ピッチで動いていたレイチェルの存在を、ただ周囲に自慢したいだけなのだろう。  聖南は今後どれだけ頼み込まれようと関わるつもりはないが、歌唱力のあるレイチェルをたったの一曲で終わらせたくないねらいまでも感じた。  それならそれで、構わない。  これから二ヶ月で事態が急転するかもしれないのだから、今だけは社長の好きにさせておく。  それが聖南なりの〝親孝行〟だ。 「状況聞いてみるか。……出るかな」  考えを巡らせていると、やはり向こうの状況が気になってきた。  ハンドルを握ったまま、停車中に素早くスマホを操作する。唯一連絡の取れる相手は、催し中にもかかわらず長い呼び出し音の後に応答してくれた。 『──お疲れ』 「よっ、お疲れ。そっちどんな感じ?」  左耳だけに装着したイヤホンに、いつもの調子で『フッ』と鼻で笑ったのが聞こえてきた。  ゆっくりと車間距離を詰めながら、CROWNの長男役からの揶揄を前に、聖南も不敵に笑う。 『お前が聞きたいのはハルの様子だけだろ、セナ』 「バレたか。……で、俺のかわい子ちゃんは大丈夫そ?」 『あぁ、大丈夫だ。今は……ルイが抱っこしてドリンク取りに行ってる。誰かしらハルについてるから心配いらねぇぞ』 「そっか、ありがとな。……って、何だ!? ルイが抱っこ!? はぁ!? 抱っこ!? 抱っこって何だよ!」  へぇ、と笑んだのも束の間、聞き捨てならない単語に敏感に反応した聖南は一気にボルテージが上がったのを自覚した。  電話越しにアキラから『うるさ』と笑われてしまったが、遅刻中の聖南には何がどうなってそんな事になっているのか、訳が分からない。  まさかルイが葉璃を強奪しようとしているのではないかと、良からぬ妄想で頭がいっぱいになる。  狭量な自覚がある上に葉璃の事となると周りが見えなくなる聖南へ、アキラが順を追って説明してくれなければ本当に愛車を乗り捨てていた。 「……いや、それにしてもだろ。何なんだよ、なんでこんな時に限って俺は遅刻してんだ」 『マジでな。でも順番に抱いてるから怪しまれないぞ。セナが居ると離さねぇだろ』 「そりゃそうだけど。てか言い方! 抱いてるとか言うな! 語弊ありまくり!」 『じゃあどう言えっての』  アキラの説明によると、葉璃は今日、人魚姫のコスプレをしているらしい。ここで燃え上がりそうだった聖南のボルテージは、無事鎮火した。  衣装の構造的に歩く事が困難なため、聖南が託した四名が代わる代わるお姫様抱っこをしているそうで、恐縮する葉璃が目に浮かびほっこりとした気持ちになった。  多少は気に食わない思いが渦巻くも、今なお現場に居ない聖南に何も言う資格は無い。  彼らは聖南が到着するまで葉璃がひとりぼっちにならぬよう努めてくれているのだろうから、感謝こそすれ不満をぶつけるのは違う。  とはいえ、『順番に抱いてる』などと言われると心がザワつく。そういう意味でなくともかなり誇張して捉えてしまい、葉璃を寝取られた気になる。 『セナ、お前いつ来んの? そろそろ企画ってやつ始まりそうだったぞ』 「さっき社長にも言ったんだけど、あと一時間半はかかると思う。衣装に着替える時間込みでな」 『何、渋滞? 下道走ってんの?』 「いや高速」 『高速で渋滞なのか。それなら抜けらんねぇな』 「そうなんだよ」  僅かに項垂れつつ、いくらか動きが出始めた前方を見つめハンドルを握り直した。  そこでふと、社長との通話時のように辺りの賑やかさが聞こえない事に気付く。  アキラがノイズキャンセリングイヤホンを装着しているのであれば話は分かるが、パーティー会場にそれを持ち込んでいるとは考えにくい。  呼び出し音が長かった事からも、もしかしてと思い、聖南は問うた。 「アキラ、今外か?」 『そうだよ。セナとの通話でハルの話題が出ないわけないからな。ハル連れて来るわけにいかねぇし、中で話せるわけもねぇし』 「……居るのか?」 『あぁ、居るよ。ストレス爆発寸前だった』 「アキラが!? 何があったんだよ」  その名を出さずとも伝わるまさかの即答に、聖南は盛大に顔を顰める。  しかも明らかにアキラの語気が変わった。  いつも落ち着き払った彼には珍しい不満たっぷりな声色が、まさしく何かがあった事を匂わせている。

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