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途端に様子がおかしくなったアキラは、かけ直すと言って一度通話を切った。そのおよそ五分後、着信が入る。
切羽詰まった時に聖南がそうするように、アキラも本格的に話を聞いてほしかったようで、参加者全員にあてがわれたホテルの部屋へとわざわざ場所を移動したのだ。
実際に何ヶ月にも渡って被害を受け続けている聖南は、そこまでするかと嘲る気には微塵もならなかった。
むしろ、この退屈な渋滞を孤独に待つくらいなら、アキラの鬱憤を晴らしつつ深い話が出来ていいとさえ思った。
「──今日も相変わらずらしいな」
アキラは、レイチェルが異常なほどに髪の長いプリンセス姿で現れてからの一連の流れを聖南に語って聞かせた。
レイチェルの発言の一つ一つにピリつく聖南に、『俺も同じ気持ちだ』と共感を持って宥めてくれながら、挑発まがいな事を言ってしまったかもしれないという詫びまで添えて、だ。
『……あそこまでとは思わなかった。セナ、本当に大丈夫なのか? 早いとこ手を打った方がいい。あの調子じゃいつ何を仕掛けてくるか分かんねぇよ』
「俺が余計なこと提案したせいで気が大きくなってんのかもな」
『それなんだけど、マジで今後一切 勘違いさせるような言動はするなよ? 時すでに遅しって感じだったぞ』
「んー……」
アキラがそこまで言うからには、レイチェルの言動や何かを手伝わせているスタッフとやらへの態度が、看過できないほどに失礼極まりないものだったのだと分かる。
『髪を持たせている』というスタッフの件はあまりイメージが湧かなかった聖南だが、アキラが苦言を呈したと自らで言うほどなのだから相当だ。
聖南は決して、レイチェルに対しのぼせ上がるような発言はしていない。彼女は聖南の発言すべてを自身の良いように解釈し、勝手に勘違いしているだけに過ぎないのだ。
それをあえて放置しているのも、葉璃を巻き込んでのプランBを円滑に遂行するため。
彼女と関わったこの数ヶ月で、暴走している人間に言葉は通用しないと痛感したからには、とにかく今は大いに勘違いさせておくに限る。
相手も何かを企んでいるのだから、陥れられぬよう動いている聖南は正当だ。
だが、それが元で大事な仲間達にストレスを感じさせてしまうのは、聖南の本意では無い。
聖南は素直に「ごめんな」と詫び、続けた。
「レイチェルが浮かれてる今が証拠の掴み時なんだよ。本格的に動くのはデビューした後だけど、こっちはすでに裏取り進めてる。もうしばらく浮かれさせとくつもりだ。マジで申し訳ないんだけど、ストレス溜めるに値しない言動はスルーしてほしい。今日以後はそうそう出会すこともねぇだろうからさ」
『セナの言いてぇ事は分かる。でもあれは浮かれ過ぎてないか。こんな事あんま言いたくねぇんだけど、俺らに対する態度があまりにも、なんつーか、……』
「生意気だったんだろ。これから鳴り物入りでデビューしようかって新人が、業界の縦社会の風習を何も分かってない、ってな」
『そんな初歩的な事も教えてねぇなんて、社長は何してんだ。最悪、俺らにはいい。だけど他所であんな態度だったらデビューしたって残れねぇよ』
「……そんなにか」
そもそも通話の場所を変えた時点で分かっていた事だが、ストレス爆発寸前だったと言い切ったアキラはまだそれを燻らせているように感じる。
聖南の気持ちに寄り添いつつも、納得がいかないといった不満たらたらな声色が物語っていた。
『……まぁ俺の中で確定した事があるから、それは収穫だけどな』
「確定した事?」
『レイチェルは確実に、セナとハルの関係を知ってる。疑いの段階じゃねぇ』
「あー……やっぱり? アキラもそう思うか?」
『あぁ。じゃなきゃあんなにハルに対して嫉妬心むき出しにしねぇだろ。マスコミだけじゃなく内部の人間とも繋がってると思っていい。セナとハルの関係を知ってる人間で裏切り者がいると思う』
「…………」
そう断言したアキラに、聖南は何も返す事が出来なかった。
こうして言葉に出される以前から、頭の片隅でそんな予感がチラついていた。しかしすぐにそんな予感は打ち消し、葉璃にはおろか自身でさえも考えないようにしていた節がある。
なぜなら、葉璃との関係を知っているのは聖南が信頼している者達だけなのだ。
まさかと思いはしても、信じている者に裏切られているかもしれないなど、そうすんなりと受け入れられるものではない。
「……その線は考えねぇようにしてた。ずっと」
『セナはお人好しだからな』
「信じたくねぇじゃん、そんなの。その可能性を排除したくて動いてるみたいなとこもあっから」
『そんな悠長なこと言ってると、裏かかれて痛い目見るぞ』
「……だよな。アキラの助言はちゃんと受け止めとく」
『やけに素直じゃん』
「葉璃のためだ」
『フッ……』
当事者ではないアキラが断言した事で、留めていた予感はもはや確定材料になってしまった。
彼は以前も、同棲に浮かれていた聖南に釘を刺した事があり、その後見事にそれを体現する出来事があった。
物事を冷静に見極め、いつでも事態を達観しているアキラの助言は聞いておくべきだと、聖南は過去の経験から学んだ。
『とりあえず早く来てやれ。ハルは今日もとんでもなく可愛くなってるぞ』
「マジかよ! そんなにかわい? てか葉璃が人魚姫なら俺は王子様じゃんな?」
『いや、王子は恭也だった。ちなみにルイは魔法使いで、俺とケイタは執事だ。俺たちは仲良く人魚姫の物語がコンセプトらしい。めずらしいよな』
「はぁ〜? なんで恭也が王子様なんだよ! どう考えても俺だろ!」
『公の場でセナとハルにセット衣装用意するわけねぇじゃん。でもそうなると、マジでセナの衣装って何なんだろうな? 主要キャラ出尽くしてね? ……あ、人魚姫のダチの黄色い魚か?』
「はぁぁ〜〜!? 俺が黄色い魚だって!?」
『知らねぇよ。俺も気になるから早く来い。安全運転でな』
じゃ、とあっさり通話を切ったのはアキラの方である。
聖南は唇をへの字に曲げ、自身のコスプレ衣装が何なのか猛烈に気になった。
揃いも揃って人魚姫の物語がコンセプトになっていると聞かされれば、当然自分が葉璃の相手役だろうと息巻いたというのに、肝心の王子役は恭也に取られている。
しかも現在もなお代わる代わるお姫様抱っこをしているらしいので、ETOILEに蔓延る二人の噂に信憑性が増してしまうではないか。
──でもみんな、目くらましになるからいいじゃんとか言うんだろ。
お姫様抱っこをしなければならない事情があるのは理解できるが、聖南が遅れて到着する事にならなければ終始当たり前のように抱いていただろう。
本来なら誰にも触れさせたくはない。〝とんでもなく可愛い〟葉璃のコスプレ姿は、聖南だけが堪能していたかった。
今日のパーティーは、普段とは違う装いを拝む事が出来るのが大きな利点だ。だが聖南が独占できない公の場でもある。
会場内の雰囲気や大勢の人間に怯み、ぷるぷると震えながらこっそりと辺りを見回す垂れ耳うさぎは、さぞかし可愛いに違いない。
さらに今日は天敵も参上し、さっそく噛み付かれたともなれば気が気でないのは確かだ。
アキラに言われなくても、物理的に無理だと分かっていても、一秒でも早く現場に到着したい気持ちは山々なのである。
「安全運転で早く来いって……言ってること無茶苦茶じゃん」
のろのろとしか進まない前方を見やり苦々しく笑う聖南のぼやきは、自身で消化するしかない。
気持ちばかり急いだところでどうにもならないので、聖南はアキラに一通だけメッセージを送っておいた。
〝そろそろ腹が減る時間だろうから、はるが拒否してもなるべくたくさん目の前に料理を並べてやってくれ。
さながら息子を心配する親のような文面に、アキラからの返信は笑い転げているうさぎのスタンプ一つだけであった。
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