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60♡⑦

─葉璃─ ♡ ♡ ♡  レイチェルさんに呼び出されたケイタさんが、何分か経って戻って来るなり恭也に何かを耳打ちしていた。  耳打ちされた恭也は、その途端に今まで見た事無いくらい『ゲッ』って顔でケイタさんを見て、大きく深呼吸してから会場を出て行った。  大袈裟でも何でもなく、それが意を決したように見えて俺は何か嫌な予感を感じていた。 「……大丈夫かな、恭也……」  アキラさんの腕の中、思わず心配が口をついて出た。 「恭也なら大丈夫だろ」 「え?」  俺の呟きを聞き逃さなかったアキラさんが、いつもの無表情のままそう言って歩き出す。  人波を器用に避けながらの最中、「飲み物何がいい?」と問われて、俺はちょっと考えた末に「ココアがいいです」と答えた。相も変わらずな例年通りのオーダーを覚えていたアキラさんから、ニコッと微笑まれて何だか恥ずかしい。 「ココアとモスコミュールを一杯ずつ。ココアはグラスで、氷抜きにしてほしい。あとストローもつけてくれ。──ケイタだったらここにたどり着くまでにもみくちゃにされてただろうな。……はい、ココア」 「ありがとうございます! ……もみくちゃ? なんでですか?」  わぁ、俺そこまで言ってないのに、底に溜まっちゃうココアをかき回す用のストローまでオーダーしてくれた。  薄まっちゃうから、俺は多少ぬるくても氷は要らない派。でもそんなのわざわざ言ったことなんてないから、単にアキラさんが覚えてくれてたんだ。  すごいな……俺と会話しながらのスマートなオーダーの仕方とか、気の利くところとか、大人だぁって感じ。  ちなみに、両手が塞がってるアキラさんの代わりに蝶ネクタイのおじさまから二つのグラスを受け取ったのは、俺だ。 「アイツは八方美人だし人あたりもいい。しかもこんな可愛い人魚姫を抱いてたら、確実に話しかけられて囲まれてる」 「えー……」  アキラさんは、グラスを二つ持った俺をお姫様抱っこしてるのにまた颯爽と歩き出した。  なんでケイタさんだともみくちゃにされるのか分かんなかったけど、アキラさんの言ったことは何となく想像がつく。  この広い会場内、たしかにたくさんコスプレ芸能人が居る。だけどごった返すほどじゃないから、どう行こうかなって迷ってたケイタさんにもその自覚があったのかもしれない。 「対して俺は広く浅くが嫌いで通ってるし、そうそう声はかけらんねぇ。飲み物オーダーするならバトンタッチして良かったよ」  うん……それも分かるよ。  ステージから離れた場所に丸テーブルがいくつも用意されてる隙間を、どんどん進んでいくアキラさん。  その間一人たりとも声をかけてこないどころか、あんなにスイスイ歩けてたのは〝話しかけるな〟オーラが半端じゃ無かったアキラさんに皆さんが道を譲ってたんだって、俺は今さら気付いた。 「あの……俺、不思議なんですけど、なんでアキラさんって怖がられてるんですか?」 「俺って怖がられてんの?」 「あっ、いや、……その……っ」  俺があまりにもダイレクトに言い過ぎたせいで、それに引っかかったアキラさんがピタッと立ち止まってしまった。  丸テーブルがズラーッと並んだ真ん中辺りで、不自然に動きを止めた俺達をそばで着席してるコスプレ芸能人さんが興味津々な視線を向けてくる。  ところが俺は、一斉に集まってきた視線よりも、アキラさんの気分を害してしまったかもしれない事にめちゃくちゃ焦った。  いつも優しいアキラさんにだって、言われたくないことってあるよね。  俺の無神経発言で、普段通りなはずのアキラさんの表情が怒ってるように見えてきた。  どうしよ……俺、あのアキラさんを怒らせてしまったかもしれない……っ! 「フッ、そんな怯えた目で見るな。怒ってねぇから」 「えっ!? あ、そうなんですかっ? うっ、よ、っ……良かったぁ……! 怒らせちゃったかもってすんごく焦りました……!」 「ごめんごめん。ただハルを見てただけなのに急にプルプル震え出すから俺の方が焦った」  な、なんだ……見てただけなの……?  歩き出したアキラさんの表情が和らいだのを見て、ホッと胸を撫で下ろす。ていうかそもそも、やっぱりアキラさんは無表情なだけだった。  そうすると今度は周りの視線が気になってきて、二つのグラスを持った俺はお姫様抱っこで運搬されてる事に猛烈な恥ずかしさが湧き上がってくる。  なんの意味も無いことは分かっていながら、アキラさんが着席するその時まで、なんとなくグラスで顔を隠していた。 「同業のヤツらから怖がられてるかどうかっつーのは置いといて、俺は昔からそういう風に見られがちなんだよな。それは自覚してる。CROWN結成が決まったあと、しばらくはセナでさえ話しかけてこなかったし」 「えっ、そうなんですか!? あの聖南さんが!?」  ステージからも出入り口からも一番遠い席に陣取ったアキラさんが、興味深い話に驚く俺の手からグラスを抜き取って順番にテーブルに置いた。 「そう。俺のことが怖かったんだと。あと何て言ってたっけ……話しかけても鼻で笑われそう、とも言ってたな」 「えぇ……!? アキラさん全然そんなことないのに! むしろいっぱいお話してくれるし、聞いてもくれるし、困ったら何も言わなくても助けてくれるし、仲間思いだし、後輩の俺たちにも会えば勇気付けてくれることたくさん言ってくれるし、あと、あと……っ」 「…………」  こんなに気遣い屋さんなアキラさんなのに、ちょっと強面だったり喋り方がクールなだけでそういう風に誤解されるなんて、そんなのイヤだよ。  少なくとも俺はそんなこと少しも思ってないし、お世話になってるという言葉では片付けられないくらい迷惑かけちゃってる立場だ。  だからってわけでもないけど、いきなりよく分からないスイッチが入っちゃった俺は、アキラさんがいかに人格者かを熱弁した。  ……アキラさんはポカンとしちゃってるけど。  いつもありがとうございますの気持ちを込めて、両手に握り拳を作ってわさわさと動く俺がすごく滑稽に映ったんだろうな。  ジーッと俺を見つめて、数秒後には視線を逸らしたアキラさんは、今にも吹き出しそうになっている。 「あ、あの……すみません。俺一人でテンション上がっちゃって……」 「いや、……褒めちぎってもらえてどういう顔したらいいか分かんなくて。そういやハルは最初から俺のこと怖がんなかったよな。初めて会った時の制服姿のハルを思い出すよ」 「わぁ……なんかやだなぁ……。今よりもっと幸が薄くて見るからに根暗だった頃の俺を知ってるんですよね、アキラさん……。今もそんな変わってないと思いますけど……」 「あははっ、まぁ否定はしない。でもハルの原石時代を知ってるってのはなかなかの優越感だぞ」 「原石って……良いように言い過ぎですよ!」  あの時のことを覚えててくれて嬉しい反面、ちょっとだけ記憶から消しといてほしいような、複雑な気持ちだ。  思えばあの日、アキラさんが動いてくれてなかったら俺と聖南はもっともっとこじれちゃってたかもしれないんだよね。  アキラさんは、最初からずっと、俺と聖南を応援してくれてる言わばキューピット的な存在。  初めての出会いがそうだから、困った時にふと浮かぶのがアキラさんだったりして、みんなが言うようなこわいなんて感情、浮かびようもないんだった。 「なになに、何の話? 楽しそうじゃん」  そこにふらっと現れたのは、三つのグラスを密着させて器用に両手で運んできたケイタさんだ。  俺たちの右隣に「よいしょっ」と言いながら腰掛けたケイタさんに、アキラさんの冷たい視線が向けられる。   「はぁ……ケイタ。お前パーティーの最後まで飲んだくれるつもりか? なんで三杯一気に持ってきたんだよ」 「飲まなきゃやってらんないからだよ! ヤケ酒!」 「……自棄酒……」 「ヤケ酒って……ケイタさん、何かあったんですか?」 「ハル君……ッ! 俺はハル君のことが好きだよ、比べようもないからねっ?」 「…………っ??」

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