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60♡⑧

 なになにっ? 何と比べるって?  いつになく必死な形相で妙なことを勢い良く言われたものの、俺には何がなんだかさっぱり訳が分からない。  まじまじと見つめられ、両手を取られてぎゅっと握り込まれ、もう一度「比べようもないよ……」と呟かれたんだけど……何が?? 「あの……ケイタさん? ほんとにどうしたんですか? もう酔っ払ってます……?」 「ううん。まだ一口も飲んでないよ。……はぁぁ……」 「えぇっ?」  待って待って、今度はため息吐いて項垂れちゃったよ、ケイタさん。  こんなに様子がおかしいのに、酔っ払ってないとしたらシラフって事で、じゃあやっぱりそうなるくらいの何かがあったんだよね?  ヤケ酒だーっとも言ってたし。 「おい、その辺でやめとけ。ハル困ってるだろ」 「だってさー、こうしてると落ち着くんだもん……。お酒に頼らなくても良さそうなくらいなんだよ」 「だからってハルに頼るな。それ飲んどけ」 「そんなことおっしゃいますけど、ああなるようにけしかけたのはアキラさんじゃありませんこと?」 「喋り方やめろ。ゾワッとする」 「うん。俺も自分で自分を殴りたくなった」 「何やってんだ。ドツボにはまるなよ」 「すっかりペース乱されちゃった」 「俺を生け贄にした罪は重いって事だな」 「あーッ! やっぱアキラがけしかけたんじゃんー! もうッ、被害者増やさないでよね!」 「フッ……」  ──うーん……アキラさんとケイタさん、いったい何の話をしてるんだろ。  一瞬ケンカが始まっちゃうかとヒヤヒヤしたんだけど、どうもそういうんじゃないっぽい。  「ありがとね」と謎のお礼を言いながら俺の両手を解放したケイタさんは、体ごとこちらを向いたまま薄い緑色のお酒が入ったグラスに手を伸ばした。 「ていうか、椅子に座る時くらい降ろしてあげたらいいのに。いつまでもアキラに抱かれてたらハル君も居心地悪いでしょ」 「あっ……!」  ケイタさんに指摘されるまで、俺は自分がアキラさんの膝の上に座ってることに気付かなかった。  ……いや、違うな。気付かなかったっていうより、すごくナチュラルにただそこに居たって感じで……。  ふとアキラさんに視線をやると、「……居心地悪いか?」と気まずそうに言われてしまった。 「えっ? あの……すみません。何の違和感もなかったのでつい……」 「あははっ、ハル君らしいなぁ。今日も天然健在だ」 「だったらこのままでいいよな」 「いや、で、でもっ」 「でも? 嫌なのか?」 「…………っ」  断じて、嫌なわけじゃないんだよ。  でもよくない事だと思う。だって先輩を椅子にしちゃってるんだから。  アキラさんに断ってどうにか降りなきゃ、周りからどう思われるか……。 「お、恭也戻って来たね」  なんて言って断るのが正解なのかとぐるぐるし始めた俺の耳に、ケイタさんからの朗報が飛び込んでくる。  背筋を伸ばして出入り口付近を見てみると、王子様コスプレが異様に似合ってる恭也が辺りをキョロキョロと見回していた。  この時点で、俺はまたアキラさんの膝の上だって事を忘れている。 「てかルイはどこに行ったんだ?」 「恭也が戻って来てるってことは、今度はルイが呼び出し食らってるんじゃないの」 「あり得るな」 「ちょっと行ってくるね」  遠くで俺たちを探してる様子の恭也を、すかさずケイタさんが立ち上がって迎えに行ってくれた。……と言っても、丸テーブルをいくつか過ぎたくらいで「恭也ー!」と叫んでたから、俺と一緒で出来れば目立ちたくないはずの恭也は肩を竦めてたけど。  そんな恭也は、俺のそばへ来るや何やら思い詰めた表情で棒立ちになった。 「……すみません、アキラさん。葉璃ください」 「…………」  藪から棒って、この事だよ。  ケイタさんといい、恭也といい、ほんとに何があったんだろ。  俺をくださいと言った恭也と、それに対抗するようにビクともしないアキラさんが見つめ合っている。  え……これどういう状況? 俺どうしたらいい?  恭也は理由もなく自分の願望を押し通そうとするタイプじゃないから、よっぽどの事があったに違いないのに……なかなかそこまで踏み込んで聞ける雰囲気にならない。 「恭也、分かるよ。その気持ち」 「……なんか……なんて、言えばいいのか……どう例えたら、いいのか……」 「何も言わなくていいよ。すべてはアキラがけしかけた事だから、アキラが悪いんだ」 「おい、そりゃねぇだろ。けしかけたのはマジだけど、普通の思考の持ち主だったらそこで自問自答するんだよ。ていうか俺はそっちに賭けたのに」 「そうだったの? じゃああの御方は普通じゃないって証明されたも同然じゃん」 「そういう事だ」  〝あの御方〟……っていうのは、きっとレイチェルさんの事なんだよね。  まずケイタさんが『伺いたい事がある』とか何とかで呼び出されて、続けざまに恭也まで。  わざわざ会場を出て話をしてたくらいだから、他人に聞かれちゃマズイ事……なのかな。  爛々とした目で見てきた時から(しかもちょっぴり嫌味を言われた気がする)、俺はもはや苦手意識しかなくて直視出来てない。  ケイタさんと恭也がこんなに様子がおかしくなるなんて、レイチェルさんは今日も順調に我が道を行ってるんだ、きっと。 「多分……多分ですけど、俺たち、同じ質問を、されたんですよね?」 「だと思うよ」 「だとしたら、……いえ。なんでもないです。葉璃、飲み物のオーダー、ついてきてくれる?」 「あ、うん。もちろんいいよ」  俺が即答すると、渋々といった風にアキラさんはゆったり立ち上がった。そしてお姫様抱っこの順番が恭也に戻る。  だけど恭也は、なぜかお姫様抱っこじゃなく縦抱きになるように俺を抱え直した。  これじゃ完全に小さい子みたいじゃない……? 「恭也……っ、こ、このまま行くの?」 「ダメ?」 「いや、ダメじゃないけど……。恭也が恥ずかしくないかなって」 「なんで俺が、恥ずかしいの? ここにいる人みんなに、俺たちの仲を、知らしめられて……こんなに可愛い、人魚姫様を抱けて、俺は鼻高々なのに」 「またそんなこと言って……。いたたまれなくなっても知らないからね」 「ふふ、葉璃がそばにいてくれるなら、百人力だから。周りがどう思おうと、何を言われようと、気にならないよ」 「あ、そう……」  運搬する側の恭也がそう言うなら、俺は自分を人形とでも思い込んでしがみついてよう。  ほんとは歩けない事はないって言ったのに、過保護過ぎるみんなの厚意が俺にとってありがたいことに変わりはないから。  大好きで大切な仲間が常にそばに居てくれる、これ以上ない安心感。  それもこれも、今年は聖南がまだ到着してないせいだ。  仕事だからしょうがないって分かってるのに、『早く来てくれないかな』、『いつ来るの、遅いよ』って心のどこかでずっと聖南を待ってる俺は、ひとりぼっちにならないようにみんなが気遣ってくれるこの状況にかなり救われている。 「ウーロン茶を一杯、いただけますか」  ドリンクスペースに到着するまで、俺を縦抱きで運搬中の恭也はアキラさんばりの〝話しかけるな〟オーラを出していた。  ていうか恭也、片手で俺を抱っこしてるのすごくない? いくら俺がしがみついてるからって、重いと思うんだけど……。  しかもついさっき会った蝶ネクタイのおじさまが、ウーロン茶を恭也に手渡しながら俺をジッと見てくるし。  さっきぶりです! なんて笑って言えるような明るい人間じゃない俺は、おじさまの不思議そうな視線すら痛いと思う根暗だ。 「……ジロジロ見てたね、あの人」 「あぁ、さっきアキラさんと来たからだと思う。ほんの何分か前」 「そうなの。葉璃が可愛過ぎて、見惚れてたのかと……」 「そんなわけないよ。ぷぷっ」  おじさまの視線に気付いてたらしい恭也は、お礼を言うなりすぐに回れ右した。  絶対にあり得ない事を大真面目に言う恭也が可笑しくて、俺はついつい笑ってしまいながら何気なく周りを見回すと、遠くにポツンと一人佇むプリンセスが目に入る。 「……ねぇ恭也、さっきレイチェルさんに呼び出されてたんだよね? アキラさんが、恭也なら大丈夫だろって言ってたんだけど……何があったの? ケイタさんも様子がおかしかったんだよ」

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