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60♡⑩
自信に満ち溢れた表情で、堂々とまっすぐこっちに向かってるプリンセスと、なぜかずっと目が合ってる気がした。
鋭い視線と、何を考えているか分からない怒ったような無表情で、確実に俺に向かって来てる。
……どうしよう。
今度は俺が呼び出されるの? しかも直々に?
そんなの怖すぎるよ……!
『──大変長らくお待たせいたしました。本日はお忙しい中ご臨席賜り、誠にありがとうございます。まずはじめに大塚社長より皆々様へご挨拶をさせていただきます。前方のステージにご注目ください』
突然会場内に響き渡った声に、俺は全身から力が抜けそうな勢いでホッとした。
力強く美しいブルーの瞳が俺から逸れた事で、今のうちとばかりに恭也とルイさんに合図を送る。
それを敏感に察知してくれた二人は、同時に機敏に動いた。
俺は素早く、まさに阿吽の呼吸で恭也にお姫様抱っこされる。
両手が塞がる直前の恭也から無言でウーロン茶のグラスを手渡されたルイさんは、俺達の前を歩いてアキラさん達の居る丸テーブルに向かった。
壇上の社長さんがスタンドマイクの前に立ったと同じくして、俺たちも着席する。ケイタさんの隣にルイさん、その隣が俺、俺の右隣が恭也って並びだ。
座ってすぐにココアを俺の目の前に置いてくれたアキラさんのグラスは、すでに半分くらい減っている。俺たちが席を外してる間に、ケイタさんとお話しててお酒が進んだみたい。
「ハルポン、俺喉かわいた。提供場所は分かるんやけど、どう頼んだらいいん?」
社長さんがまだ挨拶してる途中なのに、ルイさんがコソコソッと耳打ちしてきた。
「えっ、あっ、あのですね、あそこの蝶ネクタイのおじさまにお願いしたら作ってもらえるみたいですよ」
「ついてきてくれへん?」
「いいですよ、もちろん」
「ありがとう。そんじゃ社長の長話が終わったら頼むわ」
ルイさんに頷いて見せた俺は、気を抜いたら笑ってしまいそうで咄嗟にグラスを手に持った。
長話なんて、そんな言い方はよくないよ……なんて良い子ぶる気はさらさら無い。
だって俺も、渋いグレーのスーツをビシッと着こなした社長さんが、どこかの校長先生みたいに見えちゃって可笑しかったんだもん。
今夜は無礼講だから楽しんでねって事を十五分くらいかけてお話してたから、ルイさんはいかにも退屈そうに何回もあくびしてたんだよ。
もちろん社長さんからの所属タレントさん達への労いはたくさんあったけど、それにしてもちょっと長い。
マイク越しの声を通すためなのか、ゆっくりめな語り口もなおさら眠気を誘った。
左隣のルイさんのあくびにつられそうになっちゃって、たまらず俺は握ったままだったグラスの底をストローでくるくるとかき回す。それだけで整った味になる常温のココアは、眠気覚ましには弱いけどとっても美味しかった。
「──はぁ。ほんっまに……長いねん。何をそないに語ることあったんや」
社長さんがステージを降りたのを見計らって、ルイさんが思いっきり背伸びをした。そして流れるような動作で俺を横抱きにする。
恭也に「ちょっと行ってくる」と言った俺も俺で、お姫様抱っこされるのが板についてきた。
「……ルイさん途中から寝ちゃってたでしょ」
「あんなもん子守り歌と一緒やんけ。ちんまい子どもやないんやから、ゆーっくり喋らんでも聞き取れるっちゅーの」
半分寝ながら聞いてたルイさんと、それにつられそうになってた俺は、今は社長さんに合わせる顔が無い。
何だか心地よくなっちゃってほとんどお話の内容が頭に入んなかったから、今日の目玉企画とやらが始まる時間も聞きそびれた。
無礼講なコスプレパーティーがいよいよ始まり、会場内が賑やかさを取り戻していく。
着席していたキラキラな芸能人たちが好きに動き回り始めて、嫌でも目立つお姫様抱っこで移動中の俺は無意識に深く俯いた。
「あの……ルイさん。ほんとに俺ずっと言ってますけど、歩けないわけじゃないんで……」
「ええからええから。俺の番がまた回ってきたんやし楽しみ奪わんといてくれ」
「もっと違う楽しみあると思いますよ。あっ、ほら、あそこに居るお姉さんすんごくお綺麗です! 魔女のコスプレですかね? ルイさんとお揃いですよ」
「魔女のオネエサンには興味あらへん。俺は人魚姫がええ」
「変わってますね、ルイさん……」
なんでやねん、とお決まりのツッコミを入れられても困る。
ここには俺以外、誰一人としてちんちくりんが居ないんだよ。
男女共に売れっ子が集まってるだけあって、みんなキラキラでゴージャスなオーラをまとっている。
目のやり場に困るほどセクシーなコスプレをしたお姉さん達がたくさんいるんだから、こんなちんちくりん人魚を相手にしないで、存分に楽しんできたらいいのに。
「……あれ、アキラさんどこ行くんだろ」
俯き加減で根暗っぽく辺りをチラチラ見ていると、さっきまで定位置に座ってたはずのアキラさんが、まさしく芸能人オーラを放ちながら出入り口の方に向かっていた。
「ん? ほんまや。……会場出てもうたな。スマホ持ってたし電話ちゃう?」
ルイさんには、アキラさんがスマホを握っているところまで見えたらしい。
会場を出て行くアキラさんの後ろ姿を二人して目で追いかけて、蝶ネクタイのおじさまゾーンで三人待ちの列に並んだ。
前に並んでる人が何回か振り返って俺を見てきたんだけど、デビュー前のルイさんが誰だか分からなくて話しかけられずにいるみたいだった。
……ホッ。
コミュ力お化けのルイさんが一緒だと、俺も会話に参加させられてたかもしれないから良かった。
「──すんません、サラトガクーラー出来ます? ……よっしゃ! あざっす!」
ルイさんは、少し前に行った食事の時と同じ飲み物を、蝶ネクタイおじさまにオーダーした。
俺はそのおじさまから、柑橘系の薄切りの何かが入った薄いオレンジ色の飲み物を受け取る。三度目の再会に、とうとうおじさまから『また会ったね』とばかりに笑顔で手を振られた。
根暗全開で陰気くさい俺にそんなことをしてくれるとは思わず、ちょっぴり照れながら手を振り返した俺はこれでもがんばった方だ。
「ハルポンは老いも若きも関係ないらしいな」
「何がですか?」
「男殺しやなー思て」
「……俺は誰も殺してないです」
おじさまとのバイバイを見ていたルイさんから、真顔で揶揄われた。だから俺も、真顔で否定した。
上等なのはパッと見だけの俺に、誰かを殺せるほどの何かがあるわけない。
唇をアヒルにして、話題を変えようと冷たいグラスをルイさんに掲げる。
「ルイさん、この何とかクーラー好きですよね。どんな味なんですか?」
「飲んでみたらええやん」
「え、でも見た目はお酒みたいですよ。レモンみたいの入ってますし」
「酒やないし、レモンでもない。ライムや。背伸びしたジュースやな、ジュース」
「じゃあ一口だけ……」
完全に見た目はお酒なのに実はジュースだなんて、いったいどんな味なんだろう。
お許しをもらったから、ちょびっとだけその薄いオレンジ色の液体を口に含んだ。
最初は、初めての味でよく分かんなかった。でもゴクッと飲み下すと、シュワシュワ感と一緒に柑橘系とジンジャーエールっぽい後味が同時にきて、思わず目を見開いた。
「わ、美味しいですね! さっぱりしてる!」
「な? 美味いやろ?」
「はいっ! グビグビいけちゃいそうです」
「二十歳なったら恭也と三人で本物の酒で乾杯しよな」
「いいですね」
二十歳、お酒で乾杯……たったこれだけの単語で、大人の仲間入りした気分になるよね。
少しも実感が湧かないけど、俺はあと四ヶ月で二十歳になるし、恭也に至っては来月にはひと足早く大人になる。
そういえばルイさんの誕生日っていつなんだろう。
三人で乾杯は、どうせならみんなで心置きなくがいいじゃん。
お祝いも兼ねて出来たら最高だと思うんだ。
「プッ、……サラトガクーラー気に入ったんやな、ハルポン」
「あ……っ、すみませんっ」
さっぱりシュワシュワな後味があまりに好みだったから、ルイさんの誕生日を聞かなきゃと思いつつ一口だけのつもりが三口くらい飲んじゃっていた。
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