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61♡②

「十周年やないですか。おめでとうございます。めでたいんで席譲りたい気持ちは山々なんすけど……譲られへんのですよね〜。尻が重うてしゃあない」  いかにも申し訳なさそうな表情をしておきながら、「よっこらせ」と言って平然と着席したルイさん。  その態度にカチンときたのか、荻蔵さんがヒートアップし始めてしまった。 「なんでだよ! 見かけねぇ顔だからどうせ新人だろっ? ちょいと生意気過ぎやしねぇか!?」  分かる……分かるよ荻蔵さん……。  ルイさんの態度はまったくもって先輩に対するものじゃないし、何なら煽ってるようにも見えちゃうよ。  なんでそんなに荻蔵さんの気持ちを逆撫でするような態度を取るのか、意図が分からない。  だってルイさんは、根暗な俺と違って誰とでもフレンドリーに話せる人じゃん。 「まぁまぁ、そないカッカせんといてくださいよ、センパイ。ちなみに言うと、俺新人ちゃうんですよ。心はまさしくこれからデビューする駆け出しのアイドルなんで、そうデカいツラは出来へんのですけどね」 「なんだなんだ? どういう意味だ?」  あぁ……なんだ。そういう事か。  腕を組んでしかめっ面してる荻蔵さんには悪いけど、初対面で先輩風をビュンビュン吹かせてきたからちょっとした仕返ししてるんだ、ルイさん……。 「荻蔵、ハル君の隣がいいかもだけど、俺と飲むならおとなしくこっち来たら?」 「そうだぞ。先輩には席譲れ」 「はい〜っ!? アキラさんもケイタさんも何言ってんすか! 俺の方が先輩だって言って……」 「俺は今年で芸歴十四年目っす。荻蔵センパイ」 「──っ!?」  そうなんだよ。  ルイさんは、新人だけど新人じゃない。  ルイさんとは同い年なのに俺と恭也が未だに敬語が抜けないのも、この業界では先輩にあたるからなんだ。  だとしても、子役としてテレビに出演してた頃から数えるともう芸歴十四年目だなんて、俺も荻蔵さんと一緒に驚いちゃったよ。 「子ども番組やらドラマやらまぁちょこちょこ出てました。〝弓矢ルイ〟で調べてもろたらウソやないの分かると思います」 「なぬぅぅっ!?」  信じきれないのか、すぐさま衣装のポケットからスマホを取り出して検索を始めた荻蔵さんが、少し気の毒に思えてきた。  あの言い方だと、普通に解釈するならずっとこの業界に居ての芸歴だと思うよね。  大事な部分を端折ったルイさんに、俺は苦笑しながらコソコソッと耳打ちした。 「ルイさん……ブランクあるの言わないのは可哀想ですよ」 「ええねん。離れとった間も業界とは切っても切れへん縁で繋がってたんやから、ウソは吐いてないやろ。表の仕事をしてへんかっただけや」 「ものは言いようですね」 「なんやとぉ〜っ」 「あぅっ!」  真っ当な指摘をしただけなのに、ルイさんから両方のほっぺたをムニィっと摘まれた。  「いひゃい!」とルイさんの手を思いっきり払い除けても、返ってきたのはのんきな笑い声。  聖南もよく俺が生意気言うとプニプニしてくるんだけど、そんなに摘みたくなるようなほっぺたしてるのかな。  自分で触ってみても、よく分からない。しかも今はメイクしてるせいで、触れた質感がいつもと違う。 「マジだ……これお前? こんなデケェ仕事してたのか……?」 「どれどれ……。あ、そうっす。懐かしいわぁ、この毛むくじゃら元気にしてんのかな」  検索した結果、ルイさんの言ったことがほんとだったと知った荻蔵さんは何とも気の抜けた顔で唖然と立ち尽くしている。  横柄な先輩モードでいられなくなって、しかも逆に四年も先輩だったと知ってショックを受けてるようにも見えた。  そっか、ルイさんが子ども番組に出演してたのって十年くらい前ってこと、だよね?  今日までわざわざ検索したこと無かったけど、興味が湧いた俺もルイさんにならって立ち上がり、スマホの画面を覗き見てみた。 「わぁ! ルイさんが小さい! 可愛い〜! 見て見て恭也、小さいルイさんがいるよ!」 「本当だ。面影、あるね」 「ほんとだね〜! ていうかそのまんまって感じ!」  思わず恭也を手招きして画面を見てもらうと、俺と同じ感想を抱いたみたいでフフッと微笑み合った。  今のルイさんをギュッと縮めて、男の子らしく清潔感のある短髪にして、大きな黄色のヒヨコっぽい人形の隣に並んだら、当時のルイさんの出来上がりだ。  成長した今とほとんど変わらないミニルイさんの姿は、荻蔵さんが信用するための何よりも信憑性のある証拠になった。 「そないまじまじ見らんでよ。恥ずいわ」 「可愛いからいいじゃないですか。この頃のこと、ルイさんは覚えてます?」 「まぁ〜断片的に? 正直日々の仕事こなすんで精一杯やったし、当時は今よりもっと色々厳しかったしで、嫌な思い出ばっか記憶に残っとる」 「そうなんですね」  苦い顔でそう言ったルイさんは、そういえば俺に話してくれた事があった。  おばあちゃんにこの仕事はもう嫌だって泣きべそかいたキッカケは、現場での色んな大人たちを見たからだ……って。  共演した俳優さん達の裏表が激しかったり、平気で不倫してたり、厳しかったスタッフさんの言動だったりが、子どもなりにしんどかったって言ってたっけ。  それである日を境にすっぱりと仕事をやめて一般人に戻ったらしいんだけど、おばあちゃんの仕事を手伝ってるとお客さんが業界の人ばっかりで離れられなかったんだ。  その期間も芸歴に入れちゃっていいの? という疑問は残るものの、衝撃を受けた荻蔵さんは信じちゃってるから俺は黙っとくべきだよね。 「な〜んだよ〜。やっと俺も大台の十年目だって喜んでたのに、先輩風吹かせられんのはハルたんと恭也にだけかぁ」 「先輩風……ほどほどでお願いしたいです……」 「ほどほどな? っつーかハルたん今年は人魚なのか。ハルたんが人魚姫だとしたら、王子様はどこだ?」 「……いますよ、ここに」 「ん? 恭也が王子様? ハルたんの王子様は……」 「荻蔵、いいからもう座れ。余計なこと口走りそうで怖えよ」  ここでも助け舟を出してくれたのは、空になったグラスを手に立ち上がったアキラさんだった。  俺と聖南の関係を知ってる荻蔵さんが、口を噤んでキョロキョロしてる。たぶん聖南のことを探してるんだろう。  聖南が王子様じゃないとしたら、じゃあどんなコスプレなのかなって、それはみんなが気になってる事だと思う。  だからってこんな公の場で明け透けに話されても困るし、空気の読めないところがある荻蔵さんのことだから、アキラさんが遮ってくれなかったら皆まで言ってたでしょ。  結局ルイさんから席を譲ってもらえてないから、俺のそばで突っ立ったままだし……。 「私もご一緒してよろしいかしら」 「…………っ!」  俺はビクッと肩を揺らしたまま、動けなかった。  いけない。荻蔵さんに気を取られてて、右隣……つまり恭也側に天敵が迫ってることにまったく気付かなかった。  俺も恭也もルイさんも、みんなで荻蔵さんの方ばかり見てて視界に入らなかったせいだ。  アキラさんが荻蔵さんを窘めた辺りから、ケイタさんが一点を見つめて動かなかったのは気付いてたのに……まさかこのテーブルまで〝ご一緒〟しようとするとは思わないじゃん……!  俺以外の全員が一斉に声のする方に視線を向けると、ダメ押しのような「よろしいかしら」が聞こえた。  すごい……強心臓どころじゃない。  謎の呼び出しで恭也とケイタさんの様子をおかしくしたのは、ついさっきのことじゃないの。  とんでもプリンセスの再来に、このテーブルだけバリアが張られたみたいに静まり返ってしまった。 「まーた見かけねぇ顔だな〜? 君は新人か? それとも俺が知らねぇだけで芸歴長かったりする?」  ……こんなところで、荻蔵さんの空気の読めなさを感謝するとは思わなかった。  口には出さないけど〝ご一緒〟は遠慮したい面々は、返答に困って沈黙を貫いてたからだ。  そこでようやく、俺はレイチェルさんを見た。  あちこち探してたどり着いたここから絶対に離れるもんかって、強い意思を宿した綺麗なブルーの瞳が、荻蔵さんを捉えている。 「何を仰っているのか分かりませんが、私は来月、セナさんにプロデュースしていただきデビューいたします。レイチェルと申します。よろしくお願い致します」  ふわっと微笑んで荻蔵さんに小さく会釈するレイチェルさんは、内面はどうあれやっぱりとっても美しい。  デビュー前とは思えない自信に満ち溢れたその表情も目をみはるものがあるし、俺が培わなきゃいけない自己肯定感の高さとか持つべきプライドなんかは、まるで敵う気がしない。  同じ空間に居て俺に矛先が向かわないなら、〝ご一緒〟してしばらく観察してたいと思うくらいには、俺はそういう意味では毛嫌いしきれないんだよね……ずっと。

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