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61★③
─恭也─
葉璃とルイさんの間から動こうとしない荻蔵さんと、同じく俺の背後で微動だにしないレイチェルさんは初対面だった。
さっきの今でよく俺たちの前に来れたな、と呼び出されてストレスを被った側の心理が働き、俺は後ろを振り返る事すら出来ない。
沈黙を貫くアキラさんとケイタさんも、おそらく俺と同じ心境なんだろう。
大事なパーティーの直前に、会場の外まで呼び出されて何事かと思えば、『私とハルさんは何が違うのでしょう?』だって。
そんなの言わなくても分かるでしょ、と言ってやりたかった。
俺は明確な返答を避け、質問返しをしてレイチェルさんに本音を吐き出させる事に集中し、粗方吐き出し終わった辺りでパーティー開始を理由に逃亡した。
明らかな葉璃への敵対心を感じると、俺がどんなに本心を語ろうとまともな会話が成り立つとは思えなかったからだ。
きっと、俺の葉璃への思いを熱弁したところで否定が返ってくる。納得がいかないと嫉妬心を顕にした女性に、敵対する者がいかに素敵で魅力的な人物かを語っても火に油を注ぐだけだ。
レイチェルさんは、とにかく葉璃のことが気に入らないらしい。
セナさんとの関係はもちろんの事、俺たちが必要以上に葉璃のことを大切に扱っているのが解せないと、言葉の端々や合間の表情で如実に伝わってきた。
俺はそんな人と、会話なんて出来ない。
遠回しだとはいえ、俺にとって一番大事な人を貶す行為は、同時に俺のことを貶してるも同然なんだから。
「セナさんのプロデュースでデビューするんだ。そりゃまたザ・鳴り物入りって感じだな。大塚にコネでもあんの?」
「コネ……?」
「コネクション」
「コネクション! あると言えばありますわ」
「へぇ〜、それって聞いてもいい?」
二人は、俺と葉璃を挟んで会話をしている。
賑やかな会場とはいえ、荻蔵さんは声が大きい。そしてレイチェルさんも、女性特有の声がしっかりと届くように喋っている。
会話をするなら出来れば二人きりになってとお願いしたいところなんだれど、無礼講な会場の空気そのものがそれを許さない。
普段交流の無い有名人同士が、ジャンルの垣根をこえて親しくなる場であってほしいという社長からの挨拶が効いていて、誰も二人の会話を邪魔する事が出来ずにいた。
おかわりを取りに行こうと立ち上がったアキラさんなんて、席を外していいものか迷ったあげく静かに着席しちゃっているし。
「先ほどご挨拶をしていらしたおじさまが、私の叔父にあたりますの」
「へぇ〜〜、叔父かぁ……って、は!? おじさまって社長の事!? マジかよ!?」
「はい」
デビューするにあたってわざわざ公言はしないが、尋ねられたら答えていい情報らしい。
レイチェルさんが社長の姪だと知って声がひっくり返った荻蔵さんは、その反応を体現するように一歩引いて驚いた。
ドヤ顔で微笑んだレイチェルさんにとって、やはりそれが一番の大きな後ろ盾なんだろう。
葉璃とセナさんを悩ませている件も、まさにその後ろ盾があるからこそ好き勝手していると言っていい。
そう考えると、やはりどうしても、許せない思いが一層強くなる。
「ははっ、なんでセナさんのプロデュースなのかと思ったら、そういう事かよ。ゴリゴリのコネデビューじゃん! なぁっ?」
俺たちがレイチェルさんからどれだけのストレスを被っているのかを知らない荻蔵さんは、豪快な笑い声と共に同意を求めてきた。
ところが関わりたくない俺たちは一様に目を逸らし、不自然に黙り込む。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
アキラさんは下を向いて足を組み、ケイタさんはグラスの半分は残っていたアルコールを一気飲みした。
荻蔵さんだけに注目していた俺と葉璃は、一瞬だけ顔を見合わせた後に、なぜか同時にルイさんを見る。
レイチェルさんの前でルイさんが口を開くと、ほぼ確実によくない雰囲気になるのに、会話に参加したくない俺と葉璃は無意識にルイさんに助けを求めていた。
けれどそのルイさんも、口を噤んでいる。
荻蔵さんと一戦交えた後だからなのか、首を傾げて肩を竦めるに留めていた。
「あ、あれ? あれあれ? みんな様子おかしくない? どったの、恭也」
「えっ」
お、俺!? よりによってなんで俺に聞くの?
葉璃ほどうまくは無いけれど、どうにか気配を消そうとしていたはずなのに……。
「なんだ? 揃いも揃ってこのお姫様とは関わりたくねぇって顔してんなぁ? レイチェル……っつったか? あんた何したんだよ。明らかに空気おかしいんだけど」
「私は何も?」
「いいや、絶対何かやらかしたんだって。気付いてねぇのか? アキラさんとケイタさんがダンマリ決め込んじゃってんだぜ? これマジでおかしい事なんだからな? 分かってんのか、レイチェルちゃん?」
「そう言われましても……」
まさかあの空気が読めないで有名な荻蔵さんが、そんな事を言い出すとは思わなかった。
大人げなく黙りこくった俺たちの様子を〝おかしい〟と感じ、言動の端々に滲む生意気さにも気付いたのはファインプレーとしか言いようがない。
見事レイチェルさんを怯ませる事に成功したおかげで、ピリついた雰囲気が少しだけ和らいだ気がする。
ここにいる誰しもが、荻蔵さんの歯に衣着せぬ物言いに救われる日がくるとは思わなかったに違いない。
「荻蔵、そっちから椅子拝借してここに座れ。俺はおかわりオーダーしてくる」
いつまでも立ったままの荻蔵さんへ、アキラさんが自分とケイタさんの間を指差して立ち上がった。
「あ、俺も行くっす。うちの姫が俺のサラトガクーラーがぶ飲みしたせいでもう無いねん」
「す、すみません……!」
「ええって。美味しかってんもんな?」
「そうなんです! 甘過ぎなくて、爽やかで、シュワシュワしてて、すんごく美味しかっ……じゃなくて! おかわりなら俺が取りに行きますよ!」
「ええから。姫はおとなしく座っとき」
アキラさんにならって立ち上がったルイさんは、いつものように葉璃に軽口を叩いて、優しく金髪の頭をポンポンしてあげている。
それはもはや俺たちにとっては見慣れた光景で、なんらおかしなやり取りじゃなかった。
「それで、私はどちらに掛けたらよろしいのでしょう?」
アキラさんとルイさんが席を外した途端、レイチェルさんは空いている俺の左隣の椅子に手を掛けた。
すでにそこに座る気満々で、どうしても〝ご一緒〟したいレイチェルさんは、たった今ルイさんから頭を撫でられていた葉璃に強めの視線を送っている。
一方の葉璃は、自分のせいでルイさんが早めにおかわりを取りに行く羽目になった、と申し訳無さ全開で項垂れていてレイチェルさんの鋭い視線に気付いていない。
それならその方がいい。
レイチェルさんは今、誰がどう見ても意地悪な顔になってるもん。
「俺が言うのも何だけど、好きなとこに座るといいよ。でもその前に、社長と一緒に挨拶回りしなきゃ。大事なデビュー前だからね」
「挨拶回り……ですか?」
仕方ないなぁと言わんばかりの苦笑いを浮かべてはいたけれど、ケイタさんが大きな助け舟を出してくれた。
レイチェルさんも、俺や葉璃に返答されるより聞き入れやすかったみたいで、椅子の背もたれに添えていた手をさり気なく引っ込めている。
その調子でしばらく……何ならパーティーが終わるまで顔を合わせないところにいてくれると、葉璃のメンタル的にもいいんだけどなぁ。
「なんだよ、まだ挨拶回りしてなかったのか〜? それでこの卓に来たって? そんなのダメダメ、業界の礼儀すっ飛ばしてる。だからアキラさんとケイタさんお怒りなんじゃねぇの?」
「業界の、礼儀……」
──だって、何も知らないはずの荻蔵さんまでもレイチェルさん否定派になっちゃって、和らいだはずの空気が一転してしまった。
その元凶が何か、本人は一切気が付かないなんて事があるのも驚きだ。
「今レイチェルちゃんはここに居る誰よりも後輩だろ? って事は俺達は先輩。業界の酸いも甘いも噛み分けた先輩の言うことは聞いとくに限るぜ?」
「ごめんなさい。私、難しい言葉は分からなくて……」
「とにかくこんなとこでグダグダ言ってねぇで、社長と一緒にペコペコして来いっつの! ここで初っ端からふんぞり返ってニコニコしていいのは、デビューして結果出してからだ! 皆まで言わせるなよ、レイチェルちゃん」
「…………」
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