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61★④
行った行った、と手を振る荻蔵さんを、レイチェルさんは戸惑い半分、苛つき半分の目で見やり、いかにも不満そうに唇をムッと歪ませた。
そして誰も擁護してくれる者がいないと分かるや、ずっと気まずそうなスタッフさんを従えて去って行くしかない。
その何ともいえない感情を背負った背中が、少しだけ、ほんの少しだけ、可哀想に見えてしまった。
「…………」
「…………」
俺は自然と、葉璃の方を向く。葉璃も同時にこちらを向いてくれて、目が合った瞬間ホッとした気持ちが通じ合ったように笑み合った。
葉璃が儚く微笑んだ理由は、正直分からない。
けれど俺が笑んだ理由は明確だ。
出会い頭から気になっていた、レイチェルさんの俺たち……特にアキラさんとケイタさんへの態度がずっと引っ掛かっていたから、全然関係ない荻蔵さんがズバッと言ってくれてかなりスッキリした。
俺なんかの立場じゃ言葉に出せなかった分、本当に胸がスッとした。
「ハルたん、ほとんどレイチェルちゃんの方見てなかったけどマジでどったん? 何かあったんじゃねぇの? セナさんプロデュースとか言ってたし」
「え、あの……何もないですよ? 俺は……」
「〝俺は〟?」
「あっ、違っ、いやっ、あの、違うんです! 違う……違うんです……」
二席向こうから顔を覗き込まれた葉璃は、華奢な肩をもっと縮ませてちんまりと丸くなってしまった。
思わず口をついて出た一言が荻蔵さんに確信を与えてしまい、さらには今この場にいるケイタさんと俺にどんな顔をしたらいいか分からないと、深く深く俯いている。
「葉璃、大丈夫だから」
「そうだよ〜! 荻蔵には話しちゃっていいと思ってたし、ハル君は気にしないで」
「……すみません……」
わずかに顔を上げた葉璃を見てみると、すっぱいものでも食べたみたいにギュッと瞼を閉じ、唇もへの字になっていた。
もちろんレイチェルさんとのあれこれは、わざわざ話す必要の無い事かもしれないけれど、ケイタさんのフォローの通り荻蔵さんになら話してもいいと俺でも思う。
なぜなら彼は、初めてこのパーティーに出席した時からセナさんと葉璃の関係を知っていて、要所要所で危ないところはあっても一応は秘密を守ってくれているからだ。
「となると、何かあったのはマジなんすね?」
「そうなんだよ〜。すごく簡潔に話すから、耳貸して」
「うっす!」
俺と葉璃が見守る前で、ケイタさんは数分かけて荻蔵さんにある程度の範囲まで顛末を話した。
途中でギョッとした荻蔵さんは、時折「えぇ!?」と驚きながら、とうとう最後までそのままの表情だった。
「──ってわけ。俺たちが微妙な反応になるのも当然でしょ?」
「何が「私は何も?」だ! めちゃくちゃやらかしてるじゃないっすか!」
「そうなんだよねぇ。これからセナも来るから、今話したことがウソじゃないって分かると思うよ。あ、これもトップシークレットで頼むね」
「了解っす! いやぁ、去年のパーティー以後にそんな事になってたとは……。てかその諸々は現在進行系なんすもんね?」
「そうだよ。セナには考えがあるみたいだし、俺たちは出来るだけ協力しようってスタンスなんだ」
「へ〜……。ハルたんも毎年毎年大変だなぁ」
「…………」
あの荻蔵さんの、演技じゃないドン引き顔を見られた俺はある意味ではラッキーだ。
本気で同情された葉璃はあまり良い表情でなかったけれど、閉口している気持ちが滲み出たそれも俺にとってはすごく可愛く見える。
葉璃は、どんなに派手なメイクで変身しようと、内側から滲み出る根暗な性分のせいか憂いを帯びた表情が男心をくすぐっていけない。
セナさんの専売特許である甘やかしたい欲が、そのたった一つの表情だけでついつい周りにいる俺たちにも芽生えてしまうから困る。
「そういやハルたん、年末の歌番欠席したじゃん? 俺CROWNとETOILEの出演番組はわりと観てんだけど、欠席って初めてだったよな?」
「あ……はい、熱が出ちゃいまして……」
「そうだったんだ! オープニングは居たのになんで〜? って不思議だったんだよなー」
「そうなんです、……あの時、聖南さんに出番止められたんです」
「セナさんに?」
「あー! あれね! あの時のセナとハル君の口喧嘩すごかったよねぇ!」
「口喧嘩!? 二人って喧嘩するんすか!?」
「い、いや、ケンカってほどでもないですよっ? 俺が体調悪くても大丈夫だーって駄々こねて、聖南さんがダメだって……押し問答って感じですよ」
「いやいや、ダメの一言じゃ、あの時のハル君は言うこと聞かなかったじゃん〜」
「そ、それは……っ」
もはや懐かしささえ感じる、あの時のとんでもないひと騒動。
Lilyでの出番中から様子のおかしかった葉璃が、その後誰もが出演不可を予感させるほどみるみる体調不良に見舞われていったんだよね。
それでも葉璃は、出演にこだわっていた。
Lilyでの出番をやり遂げた後だったから余計に、〝ハル〟の穴は空けられない、まだ出来る、と思ったに違いなくて。
そこに居た俺たちは、二人のやり取りを一部始終見ていた。
誰一人として口を挟む事が出来ない空気のなか、誰よりも葉璃に甘いセナさんの渾身の一言が決定打になったんだ。
「〝そんな顔してステージに立てると思うな〟だっけ」
「えぇ!? セナさんがそう言ったんすか!? ハルたんに!?」
「そうなんだよ! あれはマジでドラマのワンシーンみたいだったなぁ」
「そんな裏話があったとは……! それで急遽セナさんがハルたんのピンチヒッターになったんすね?」
「そうそう。ハル君は前日から体調崩してたから、セナはもう段取りつけてたんだよね。ハル君が出られなくなった時はこうするよって、出番前には俺たちも聞いてたし」
「えっ!? そ、そうだったんですか!?」
「うん。あれ、セナから聞いてない?」
「聞いてない……と思います」
あぁ……そんなこともあったなぁ。
驚きを隠せない葉璃が知らないのも当然だ。
何しろセナさんは、土壇場まで葉璃に出演する意欲を失わせなかった。周囲が慌てないようにきっちりと段取りだけして、ギリギリまで葉璃の意思を尊重しようとしたセナさんの深過ぎる愛を垣間見た。
苦渋の決断で出演をやめさせた事からも、葉璃は間違いなく、疑いようもないほどにセナさんから愛されている。
「ところで荻蔵は最近どうなの? 去年謹慎明けてからやけにおとなしいじゃん?」
グラスを傾けながら荻蔵さんに話題を振ったケイタさんが、チラと葉璃を見た。
根掘り葉掘り聞きたがる荻蔵さん相手だと、Lilyの一件まで話す羽目になるからと葉璃のために気を回してくれたケイタさんはさすがだ。
早くも二つのグラスが空いているけれど、まだ全然酔っ払っていないみたい。
あまり自分語りをするタイプじゃない荻蔵さんも、ケイタさんの問いにはやや前のめりになった。
「……ここだけの話、付き合ってる女いて」
「え、そうなの? 一人?」
「それどういう意味っすか! 一人っすよ!」
「荻蔵のことだから、三人くらい同時進行で付き合ってそうじゃない。しかも同業ばっか」
「なっ、一年前の俺とは違うっす! ……でも最近ちょっと雲行きが怪しくてですね……会ってくんないんすよ」
「へぇ? なんで? 相手一般の方?」
「いや、それが……」
度重なるスキャンダルで謹慎処分まで食らった荻蔵さんに、付き合ってる人がいると言われてもなかなか信じられない。
とはいえ興味深い話題に、何食わぬ顔をしてる俺も、ストローでココアをくるくる回して飲む葉璃も、こっそり聞き耳を立てている。
そこへ、一般の方かどうかの答えを渋る荻蔵さんの返答を待つ間に、アキラさんとルイさんが戻って来た。
「ようやく我らがボスのお出ましのようやで、ハルポン」
「えっ」
ピクッと反応した葉璃のそばで「見てみ」と小さく指差したルイさんの視線の先を、このテーブル全員の瞳が追う。
それと同時にみんなが思ったはずだ。
〝待ってました〟、と。
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