659 / 660

61♣⑤

─ルイ─ ♣ ♣ ♣  危なかったわぁ……マジで。  荻蔵さんが対応してくれんかったら、切れかけた血管がいよいよプチッといってたかもしれん。  何ヶ月もの間、色んな人を色んな事で振り回しとって、どんな神経してたら〝何もしてませんけど〟面が出来んねん。  ありえん。ほんまにありえん。  俺は、ハルポンが思っとる以上にあの女が嫌いや。何もかもが受け付けん。  一番迷惑被ってんのはセナさんかもしれんけど、俺かてバカやないからケイタさんと恭也があの女から呼び出されてゲッソリさせられてん、知っとるんよ。  二人とレイレイがどんな会話してゲッソリしたんかは知らん。  そやけど仮にもデビュー前の新人が、直属の先輩を呼び出すってなんやねん。  その前に、先輩に会ったらまずは「お疲れ様です」が先やろ。  あぁもう。ほんまにイラつく。  ハルポンが俺のサラトガクーラーを気に入ってちまちま飲む姿見て癒やされて、やっと気持ち落ち着けたとこやったのに。  いけしゃあしゃあと、よう俺らのテーブルに来れたな。あれが噂の強心臓いうやつなんか。 「……どっか行ってんな」 「……あ、セナだ」 「え?」 「ん?」  蝶ネクタイのイケオジからおかわりを貰ってアキラさんとテーブルに戻ってる途中、レイレイが付き人と一緒に遠ざかっていくのが見えた。  見たまんまを呟いた俺に被せて、扉の方を見とったアキラさんもボソッと呟く。  いやいや、アキラさん、「セナだ」言うた?  ……ってほんまやん! やっとかいな! 約一時間も遅刻やで、ボス!  扉の方を見てみると、周りより頭二つ分はデカい神々しい神様みたいなコスプレしたセナさんが、芸能人たちに囲まれて足止めされとる。  足止めしとる側も大概売れっ子たちなんに、満を持して参上した(遅刻しただけやが)畑違いのトップアイドルにワーキャー言うてる異様な光景。  ……今のうちに早うハルポンに教えたろ。  口にはせんかったけど、ずっと不安そうな根暗オーラを放ってたしな。  アキラさんも俺と同じ気持ちやったようで、二人して早歩きでテーブルへと向かう。  結局アキラさんとケイタさんの間に腰掛ける事にしたらしい荻蔵さんはまだそこにおって、何やら談笑中やった風やが構わず俺はハルポンに突進した。 「ようやく我らがボスのお出ましのようやで、ハルポン」 「えっ」  耳打ちして扉の方を指差すと、肩をビクッとさせて振り返ってくる。  座りながらニッと笑ってやったら、何の事か一瞬で分かったんやろな。すぐさま背筋を伸ばして扉の方を見た。 「今日は一段とゴージャスだなー! あれで俳優やんねぇのマジで意味分かんねぇ〜」 「……あれ何のコスプレだ?」 「……うーん、なんだろう?」 「あんなキャラ、いましたっけ……?」  荻蔵さんを皮切りに、アキラさんとケイタさんと恭也はセナさんの神コスプレに首を傾げてはる。  対してハルポンは、まさしく恋人を見る目でうっとりや。  そんなあからさまな顔してたら、自分からセナさんとの関係をバラしてるようなもんやで。 「ハルポンと同じ金髪くるくるパーマのロン毛やな。てか衣装も似とる」 「そう……ですね?」  ハルポン含むみんなはピンときてへんのかもしらんが、俺はセナさんが何のコスプレしてんのかひと目で分かった。  同業者たちにもアイドルスマイルを振りまきながら少しずつ前進するセナさんを見て、俺は呆けそうなハルポンに話しかけ続ける。 「フリフリカッターシャツと……下はなんやあれ。人魚か? でもハルポンの衣装みたいに歩きにくそうやないな」 「えっ? 人魚っ?」 「それにしても派手な王冠や」 「…………っ」  セナさんは、大きくて金ピカな王冠をハルポンと同じくるくる金髪頭に乗っけてはる。あんな見てくれやったら、初見やと「神様やー!」と騒ぎたくもなるやろ。  ついでに言うと、先が三つに分かれたデカい武器みたいなんも持っとる。  それだけで、あのアニメ映画を観たことある人なら、セナさんが誰のコスプレしてんのか分かるやん。  設定上はハルポンと血縁になってまうが、このストーリーが俺ら兄弟グループのコンセプトやとしたら、セナさんはあのキャラ以外考えられんよな。  同業者やのに握手を求められて「どうもどうも」言うてはるし、さながら花道でも歩いとるようにあるはずのないスポットライトを感じさせるんは、さすがの存在感や。  そんな最中でも、おそらく愛しの恋人を探して視線をキョロキョロさせて、遠目やから定かでないが到着から数分で、もうすでに俺の隣をガン見しとるように見える。 「よっ」  セナさんは、およそトップアイドルにもキングにも似つかわしくない、爽やかスマイルで右手を振りながらまっすぐにこのテーブルへ歩いてきた。 「……良かったな、ダチの黄色い魚じゃなくて」 「マジでな! まぁ俺だったら魚だろうが何だろうが着こなしてたよ」 「フッ……」  アキラさんが話しかけると、セナさんは武器を片手にフフンっと得意気に笑った。  黄色い魚てなんや? とみんなの頭の上にクエスチョンマークが浮かんだが、俺は思い出した。  たしかあのアニメ映画には、人魚姫と仲良しの魚がおった。でも俺らが主要キャラを奪っとるからって、まさかセナさんが魚なわけないやん。  完全にセナさんを揶揄っとるだけのアキラさんと一緒に、ケイタさんが「大遅刻だよ、セナ」と言いながら笑うてはる。 「お疲れーっす! セナさん今宵もすんばらしいコスプレっすね!」 「お疲れ様、です」 「お疲れっす!」 「おう、お疲れ。恭也、ルイ」  おべっか言うてる荻蔵さんの声にかき消されそうな恭也と俺の挨拶にも、セナさんは律儀に対応してくれた。 「んで、なんで荻蔵が当たり前みたいにここにいるんだよ」 「あー! またそんなこと言って! 毎年この日くらいしか皆さんに会えないんすよ?」 「お前うるせぇんだもん」 「そんなことないっすよ! ねっ? ハルたんっ?」 「えっ? いや、俺は関係ないんで……」 「つれないこと言うなよ〜!」  何か因縁でもあんのか、セナさんは荻蔵さんを見るとスンッと目を細めた。さらには今にも邪魔やと言いたげな塩対応。  気安くハルポンにも話しかけよるとこを見ると、そうそう会うタイミングは無いらしいが面識があるいう程度の仲でもなさそうや。  俺はもちろん荻蔵さんのことは知っとるし、ぶっちゃけ出演映画も観たことあるんやけど、記者会見そのまんまの若干鼻につく喋り方がウケて揶揄ってもうた。  業界を離れとった期間は無かった事にして、芸歴詐称までして荻蔵さんの〝ガーン〟てツラを拝めたから俺は満足や。 「葉璃に話しかけるなよ。困らせるんじゃねぇ」 「困らせてないっす! そうだよな、ハルたん?」 「えっ? いや、だから、あの……俺に振らないでくださいよ……」 「ほら見ろ、葉璃は迷惑がってんじゃん」 「迷惑!? ハルたん、俺のこと迷惑だと思ってんの!?」 「思ってないですよ! 思ってないです、けど……ちょっとだけめんどくさいです」 「えぇー!?!?」 「あはは……っ!」  ほんまにそう思ってる時の表情で放ったハルポンの一撃は、荻蔵さんに大ダメージを与えてもうた。  ガクッと項垂れた荻蔵さんには悪いが、そんな事を言いそうにないハルポンから発せられたっちゅーのが重要なんよ。  セナさんはじめ、その場におる全員が笑い出したのもしゃあないやろ。  ちょっとだけめんどくさいです、やて。  あー、おもろ。 「セナさん、ここ、どうぞ」 「お、サンキュー!」  言うなり立ち上がった恭也は、来たばっかのセナさんに自分の席を譲った。  ハルポンの右隣を死守しとったんは、まさかセナさんのためやったんやろか。  恭也もハルポンの隣が良かったやろうに、二人の仲を異常な愛情で応援する気持ちはいつもいつでも変わらんらしい。 「なるほどねぇ。セナは王様だったんだ」 「武器持ちなのは初めてだな。それ重い?」 「あぁ、これな。トライデントっていう特殊な武器で、そこそこ重い。小道具のレベルじゃねぇ。ストーリー的にはこれでルイをやっつけるんだろ」 「そんなら俺は魔法で対抗しまっせ!」 「やめとけやめとけ。結果俺が勝つんだから、わざわざ無茶してボロボロになんなくていい」 「くぅ〜! なんでそないに嫌味なほどカッコいいんすか!」 「それ褒めてる?」  さり気なくハルポンが座る椅子の背もたれに手を置くセナさんは、これでもかいうほどイカしとる。  「褒めてますよ!」と鼻息荒くした俺の隣で、ドキドキが止まらん顔してココアをチュ〜っと飲んどるハルポンも、きっと同じ気持ちやと思う。

ともだちにシェアしよう!