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61❤︎⑦

─ 聖南 ─ ❤︎ ❤︎ ❤︎  パーティー開始からおよそ四十分後、聖南はようやくホテルに到着した。  渋滞中も後ろをピタリと張っていた密着班とは、地下駐車場で軽くコメントを撮って別れた。両者満足のいくコメントが撮れたかと聞かれれば首を捻らねばならないが、その時の聖南はそれどころではなかったのだ。  小走りで受付へと向かい、カードキーを受け取った後に案内された八階へとエレベーターで上がった。さながら逃亡者のように辺りを見回してササッと解錠し、そこで急いでも数秒しか変わらないと分かっていながら素早く入室する。  聖南にあてがわれた部屋はいつものダブルルームで、衣装が引っ掛けられているはずの簡易クローゼットへは数歩で辿り着いた。 「黄色い魚なのか……?」  アキラの予想では主要キャラは出尽くしているらしいので、濃厚なのは〝人魚姫のダチ〟。  急がねばならないが、コスプレする衣装によってはモチベーションも変わってくる。それ故クローゼットに手をかけ、意味も無くひと息吐いた。  他者からどう見えていようと構わないが、せっかくならばコスプレ好きな葉璃には『聖南さんカッコイイ!』と頬を染めてもらいたい。  今日も今日とて素晴らしく可愛く仕上がっているであろう葉璃の隣に並んで恥ずかしくない格好でなければ、〝セナ〟のプライドが許さない。 「……なんだ、黄色くねぇじゃん」  クローゼットの中に用意されていた衣装を見るなり、聖南はニヤリとほくそ笑んだ。  兄弟グループ揃って人魚姫の物語がモチーフだと言われても、それを観た事が無い聖南にはその衣装がどんな役柄なのか分からなかったが、取り出してみた二つ折りの武器らしきものを握ると笑みは一際濃くなった。 「これぞコスプレだ」  衣装を着、ヘアメイクの者を呼んで見事な権力者に変身した聖南の自信たっぷりな表情は、これからすぐにでも何らかの撮影が出来そうな仕上がりだ。  支度中の短い間に人魚姫のあらすじを調べ上げてみると、自分にはこのキャラがあてがわれて当然だとつくづく思った。  なんと言っても、恋心を抱いたというのはさておき、その王子よりも深い縁で葉璃と繋がっているところがいい。切っても切れない血縁関係など、役柄とはいえゾクゾクする。  物語のあらすじのみを読破した聖南は、やや襟の大きな白いカッターシャツとブルーを基調としたマーブル模様のズボン姿で、ひどく上機嫌でエレベーターに乗り込んだ。  最中、社長への連絡も忘れない。  パーティーの遅刻者は聖南含め三名で、他二名は到着しているとの事。  大切な新CM観覧は聖南の到着を待ってくれているらしいので、わずかな距離でも聖南は駆けた。  葉璃が参加するようになった一昨年以後、毎年恒例のこのパーティーが楽しみで仕方が無いが、今年は群を抜いている。  打ち合わせ段階で聞いていた通りの出来栄えだとすれば、それはもはや来期の傑作CMになる事が観なくても想像出来るのだ。  それに加え、ラストの撮影に滑り込みで到着した聖南に見せた、とびきり儚い微笑が今でも脳裏に焼き付いている。  その唯一無二の表情と、他の誰にも出せないユニセックスな雰囲気がコンクレの新作リップをうまく際立たせているに違いない。 「あぁ……っ、早く観てぇ!」  重い扉に手をかけ、思いの丈を小声で叫んだ後に聖南は満を持して会場に足を踏み入れた。  するとその途端、聖南を見つけた大塚芸能事務所きっての有名人達がわらわらと近寄ってくる。顔見知りから初対面の者まで、性別やジャンルを問わず握手を求められた。  毎年の事ながら、視線では葉璃の姿を探しつつ笑顔でそれらすべてに対応する聖南の気分はすこぶる良かった。  ── お、いたいた。  どれだけ派手に、綺麗に着飾った者達がごった返していようと、聖南の目には葉璃一人にスポットライトが当たっているように輝いて見える。  恭也とルイの間で肩を丸めて腰掛ける葉璃は、会場の入り口で進路を阻まれている聖南から一番遠い席に居たが難無く見つけられた。  アキラが話していた通り、見つけた瞬間にハッと息を呑むほど可愛らしい人魚姫だ。  こういう機会でなければこの先も絶対にしないであろう金髪が、よく似合っている。  聖南と似たシルクのカッターシャツは、葉璃のものは華々しく見えるよう襟と袖にフリルが使われており、それが彼の儚げな雰囲気との調和を生んでいた。  コスプレらしく派手にメイクを施されているようだが、隠しきれない素材の良さが際立ち、無表情なのがかえって凛として見える。  見てくれの派手さとはうってかわり、話しかけると途端に頬を染める様を早く間近で拝みたいと、聖南はさながら握手会のように一言二言会話をしながら、少しずつ歩を進めていった。  当たり障りのない会話は昔から得意だ。  相手が先輩だろうが後輩だろうが、接し方を変えずに笑顔を振りまく事も、一刻も早く葉璃のもとへ行きたい気持ちさえ抑えれば何ら苦ではない。  広いようでいて限りなく狭い業界の暗黙のルールを無視すれば、自分の首を締めかねないと長年の経験で知っている。  さらに、聖南のコミュニケーション能力をフルに発揮する絶好の機会とも言えた。 「──よっ」  葉璃を守るように囲んだ、気の知れた仲間たちに遅刻を詫びる事が出来たのは、聖南がホテルに到着して一時間と十分後の事だった。 ❤︎ 「……居ねぇじゃん」  社長の思いつき企画の最中、聖南はふと辺りを見回して呟いた。  右隣にちょこんと座る葉璃は、前方のモニターに釘付けで聖南の呟きが聞こえなかったらしい。  ここに居る面々が顔見知りだからと、図々しくこのテーブルに居座られていたら厄介だと思っていた対象は、こっそりと探す限りではどこにも着席していなかった。  アキラ達がうまく遠ざけてくれたのかもしれないと、ストレスの元凶を見なくて済んだ安堵感で聖南はようやく背凭れに体を預け、長い足を組む。  現在ステージ上に急遽設けられた移動式のモニターに映し出されているのは、昨年最も露出の多かった俳優の名と出演した媒体の作品名、そしてわざわざこの日のために編集したと思しき所属俳優を称える短編映像だ。  ── しっかり準備してあんな。どこに流しても恥ずかしくねぇクオリティーの映像じゃん。  こうして参加者全員が着席した中でのこの様な催しは、聖南が知る限り本当に初めての事である。  本来このパーティーは、社長が皆へ労いの気持ちを直に伝えたいがために無礼講の意味を込めて、あえて非日常的なコスプレ衣装でジャンルの違う売れっ子たちの交流を促す場である。  今回突然思いついたという企画そのものに異論は無い。  だが社長に別の目論みがあるとするなら、それは聖南にとって一笑に付すべき思いつきだ。  内心で聖南が感心していたクオリティーの高い映像も、名だたる俳優をよもや前座扱いしていやしないかと一抹の不安がよぎる。 『──それではこれより、来月より全国放映されます新CMを二本、ご覧いただきます。皆様、再度モニターにご注目ください』  今期活躍した俳優らを盛大な拍手で労った後、司会者の女性によっていよいよその時が訪れようとしていた。  待ってましたとばかりに前のめりになった聖南とは対照的に、当事者である葉璃は少しも表情を変えずにいる。  まさかこれから、あのモニターいっぱいに自分が映し出されるなど思いもよらないのだろう。  何も知らされていないのだから、それは当然と言えば当然である。 「CM……」  前を見据えたまま、拍手をした名残りで両手を合わせている葉璃が小さな声で呟いた。 「新CMだって、葉璃」 「そうみたいですね、……」  ピンときたのかと思い小声で話しかけてみるも、何とも他人事のような返答だ。  一月末に撮った自身のCMの事など忘れ去ってしまっているかのように、「どんなCMなのかな」と続け天然を炸裂させている。  

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