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以前、上司に連れていかれたキャバクラか何かの店のキャストが、こびへつらう感じが苦手だった。いつもの猥雑でインモラルな場所のほうが性に合う。そう思っていた。
けれども、高級ラウンジ「アゲラタム」は大人の社交場らしく、キャストの年齢も性格も店の雰囲気もしっとりと落ち着いていた。まるで、夜の静寂さとほんの少しの華やかさとをまぜこぜにしたような店だった。
「ユエ好みの子がいるんだ。不定期で仕事しているみたいだけど、ママに訊いてきたから大丈夫」
大学時代の友人である宮原 はそう言って、普段はキャバクラなどに行かない月城聡 を連れ出した。
第一、飲み会が好きではない。第二に、浪人時代から兼業作家として活動しているので、隙間時間があれば執筆時間に当てるか睡眠時間を確保したい。
その合間に、取材やM女、M男から調教してほしいとの依頼を受け、それを引き受けたり、知人が経営しているクラブに足を運んだりする。上手くやりくりしないと一日が終わってしまう。
「にしても、キャストの女の子の視線ひとりじめだな。うらやましいぜ」
「宮原の服の見立てがいいから余計に目立つのだろうね」
いつも着ているスーツは彼が作ってくれたものだ。
すれ違いざまにキャストの好奇な視線が降り注ぐ。鎖骨まで伸ばした銀色の髪と青みがかった灰色の瞳。180センチ後半で手足が長いのもまた、外国人に見える一因かもしれない。
(まあ、片一方の遺伝子は外国人らしいから、当然だろうね)
ソファーとローテーブルが置いてある、透明な衝立に覆われたブースに通された。
「ユエは色々規格外だから仕立て甲斐がある」
父親のテーラーを引き継ぎ、更に経営規模を拡大させた彼は、この店のオーナーと仲がいいらしい。
「久しぶりです」
「来てくれてありがとう。うちの秘蔵っ子が粗相をしたら、ご一報くださいな」
40代くらいの熟し始めた色香が漂い、夜の店独特の雰囲気をまとっている女性が近づいてきた。熱帯魚のようなひらひらとしたドレスが歩くたびに、すらりとした脚にまといつく様もまたたまらないと思う客もいるだろう。
だが、月城の視線は、半歩後ろを歩いているスレンダーなキャストに注がれていた。薄暗い店内であるにも関わらず、スポットライトを当てたように、透き通った白い肌と濡れ羽色の髪の彼女は目立った。
検品する時みたいに、すうっと目を細めて彼女をじっくり見る。
(未完成の白磁みたいだな)
純粋無垢で世慣れていない様子が、また男が手に入れたいという欲望を煽り立てるのだろう。不安そうにこちらを見つめる黒目がちの瞳は、凛としている。照明の光を浴びて、きらきらと輝いている。
(きっと育て甲斐があるんだろうな)
「紹介するわ、こちらアスハちゃん。アスハちゃん、月城様と宮原様です」
黒っぽいショルダーバッグから名刺入れを取り出し、
「アスハと言います。よろしくお願いします」
ちらりと友人をうかがい見ると、したり顔で、「来てよかっただろ?」と耳打ちされた。
友人の見立てには感謝するが、あいにく女性は恋愛対象外だ。調教する際には、性別にこだわりがないから、女性も恋愛対象だと思われているらしい。
「そうだな」
興味ないフリをして、左側に差し出されたグラスに口をつける。アスハは、ファジーネーブルらしき飲み物を飲んでいる。対していろどりのないテーブルが華やぐ。
「左利きですよね?」
月城は首肯した。
「指、すらっとしていてきれいですね」
「触ってみますか?」
おずおずと触れた指先で、ネコがふみふみをしているかのように揉む。ちょっと力を入れれば折れそうなほど細く自分よりも短い指。小さくありがとうございます、と言うと、バッグからハンカチを取り出した。
「美男子に囲まれて、あすちゃん緊張してる?」
明らかに身体に力が入っており、ドリンクの水滴を拭く仕草がぎこちない。
「はい。少女漫画みたいなシチュエーションに戸惑ってます。右も左もタイプが違うイケメンなので、すごく緊張します」
膝に置いたハンカチを手で玩びながら、はにかむ。
「あすちゃんはどっちが好き?」
「どっちも選べませんよ。容姿も性格も違うんですもの。選べというほうが無理です」
「ごめんごめん」
「アスハちゃんも困ってるでしょう」
たしなめるママの声がこの話題は終わりだと告げていた。
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