9 / 34
第9話 牙の味〈真人目線〉
「おっせぇ……はやく」
「……すまん」
寝室に戻ったら寝ていたというオチを期待したのだが、周はしっかり起きていて、不機嫌そうな声を上げた。さっきよりも顔が赤い。熱が上がっているのだろうか。
結局、自慰に集中することができず、射精することはかなわなかった。こんな中途半端な状態で、あの吸血行為をされてしまうのかと思うと、不安しかない。
だが、周は疲弊しており、血液による栄養補給を求めているのだ。真人に拾われるまでの数週間で、軽い栄養失調状態に陥っている可能性もある。真人の不健康な血液でどの程度まで周の栄養になれるのかは分からないが、苦しんでいる少年が目の前にいるのだ。助けてやりたかった。
「……どこ、噛みたい?」
周が横たわるベッドに腰を下ろし、真人は務めて静かな声でそう尋ねた。真人を不機嫌そうに見上げていた周の表情が、期待の滲むものへと変化する。
「き……昨日と同じがいいん? それとも、また別の」
「……首筋」
「え。……ここ?」
「うん……そこ、噛みたい」
掛け布団の中から伸びてくる周の腕が、真人の肩口に触れる。真人がえらく緊張しているせいか、その白い指先はひどく熱く感じた。
「……いい?」
「っ……ああ、ええよ。起きれる?」
「ん……」
気怠げに起き上がろうとする周の上体を支えると、否応なしに身体が接近する。真人にもたれかかりながら周は緩慢な動きで腕を持ち上げ、真人の首に腕を回した。
「……本当に、いい?」
「うん、いい。……大丈夫や」
そうして自分に言い聞かせながら、真人はワイシャツの襟をぐいと開いた。そしてあらわになった真人の首筋を前に、周の目の色が文字通り変化する。
とろりとろりと揺れ動きながら金色に染まりゆく周の瞳の色は、なんともいえず幻想的で美しかった。はぁ、はぁ……と呼吸が速くなり始め、真ん丸だった瞳孔が鋭く縦に裂けてゆく。
そして、薄く開いた唇から覗くのは、白く鋭い刃のような牙だ。――ああ、これからこの牙を突き立てられるのかと思うと、ざわりと前身が粟立った。痛み恐怖を感じているのではない。あの日植え付けられた不可思議な快感が、再び真人の肉体を支配しようとしている。
「ハァ……ぁ、は……はぁ……」
熱に濡れた溜息とともに、周が真人にしがみつく。そして、大きく口を開いた。
「っ……!」
腕よりも皮膚が薄いせいか、牙が肉を突き破る感覚は、昨日よりもずっと鮮烈だった。鋭い痛みに全身の細胞が覚醒するようで、真人は痛みを堪えるためにぎゅっと目を閉じる。
――痛いなら、ずっと痛いままのほうがいいのに……
「ん、んっく……ン、……ふぅっ……ん」
傷つけられた皮膚、破られた血管。そこからどぷりと溢れ出す血液を、周が夢中になって啜り始めた。顔の位置が近いため表情が見えないことが、幸いなような残念なような、複雑な気分だ。
だが、あの感覚が再び迫る。痛みを塗り替えるのは、甘く痺れるような快楽の波だ。周が喉を鳴らすたび、唇や牙が震えるたび、真人は「ん、んっ……」と声を殺すのに必死だった。
周を支える腕に力がこもり、真人自ら周をぎゅっと抱き寄せる。すると周の身体が密着し、さらに深く牙が肉を抉った。
真人の動きに驚いたのか、周は「んっん」と呻めいたが、さらにその先を追い求めるように、真人の膝の上に馬乗りになった。
「はっ……はぁ……っ」
やがて周は満足したのか、ずるりと牙を抜いて顎を仰き、満足げに長いため息を吐いた。だが、解放されてもなお、周の牙の感覚が残っているような感じがする。とろりと溢れる鮮血が、鎖骨の方へと流れ落ちてくる感覚が分かるほど、肌の感覚が鋭敏になっている。
「あぁ……だめ」
「っ……こら、もう」
もういいだろ、と言いかけたのに、べろりと肌を舐める周の舌で、真人は情けなくビクっと震えてしまった。唇を噛んで声を殺すが、感じたことのない性的な快感は麻薬のようで、真人の欲に揺さぶりをかけている。
「ん、はぁ……ん、おいしい……っ」
「こら、もう、おしまいや。……っこら、あかん、これ以上は」
「いや、いやだ、もっと。……ん、んっ」
「う、は……」
舌を伸ばし、牙を晒して、周は滲み出す真人の血液を舐め取り続けた。あたたかくぬるりとした舌に責め立てられて、まるでそこが性器になってしまったかのように全身が昂る。
真人のペニスは硬く硬く漲り、完全に本性を剥き出しにしている。自慰では全く反応しなかったというのに、だ。吸血時の媚薬効果の凄まじさを、真人は身をもって痛感した。
――相手を酔わせて吸血しやすくするためだ。それがヴァンパイアの習性なんや。女相手なら、こうしてる間に子を孕ませることもできたやろし、血を繋いでいくためにも有効な手立てで……
必死になって頭で理屈を捏ね回し、理性を保つ。だが、膝の上に乗った周が、ゆらゆらと腰を揺らし始めたことで、真人は目を見開いた。
ペニスに擦れるもの……それは、自分と同じく勃起した周の性器だ。周もまた性的に興奮していると知り、辛うじて保っていた理性に亀裂が入る。
――……セックスがしたい
生々しく形をあらわにする欲望に、真人は焦った。ぎゅっと目を瞑って腕を突っ張り、しなやかな周の肉体を引き剥がす。
「あ、あかんて……言ってるやろ! もう、おしまいや!」
「っ……」
ぐいと身体を引き離すと、周の表情が間近に迫る。
唇を赤く濡らし、蕩然とした目つきで真人を見つめる妖艶な姿に、ドクンと胸が大きく跳ねた。
とろりと潤んだ金眼に、身も心も絡めとられてしまいそうだ。普段の周からは想像もつかないような淫らな姿に、痛いほどに股間が滾った。
「まさひと……ねぇ、なんか、へんなんだよ……」
「へ……へへ、へんって? な、なんも変ちゃうやん」
「身体、あつい……なんで?」
「それは、それは熱があるから! 風邪やからな、周くんは!」
「はぁ、……は……くるしいよ、なんだよこれ……っ」
ぎゅ、とシャツを掴まれ、今にも泣き出しそうに切なげな顔で見上げられ……あまりのかわいさに、真人の理性は負けた。
気づけば真人は、周の後頭部を抱え寄せ、唇をキスで封じ込めていた。
子ども相手にするような戯れではなく、舌を挿入し、粘膜と唾液を絡め合うような濃厚なキスだ。
周は抵抗もせず、むしろ自ら口を開いて舌を伸ばし、真人の愛撫を享受している。その唾液は、何故だかひどく甘い味がした。無我夢中でそれを舐め、貪りながら、真人は周をベッドに押し倒していた。
「ぁ! ァっ……」
「はぁ……は……っ」
歯列をなぞるように舌先で愛撫するうちに、あの鋭い牙に辿り着く。ついさっきまで真人の肌に穿たれてていたその小さな牙を、真人はあえてのようにねっとりと舐めあげた。
すると周は、いつになくビクン!! と大きく身体を震わせ、「ぁあ……!」と甘い喘ぎを漏らした。
――ああ、そうか……。
牙の感覚は殊更に鋭敏であるということを思い出し、真人はあえてのように周の牙を舐めくすぐった。
他人にこんなことをされたのは初めてなのだろう。始めこそ、周は「ぁ、やめ……ぁ、っ」と身をよじっていたけれど、力なく胸を押し返す周の腕をベッドに縫い付け、真人は執拗に小さな牙を責め立てる。
「ぁ、ぅあ……ん、ぁ、やッ……」
だが、その身体からは徐々に力が抜け、気づけば真人のなすがままだ。指と指が絡まり、キスがいっそう深く、激しくなる。大きく開かれた周の脚の間に身体を割り込ませてみれば、腰に周の脚が巻きついてくる。
――僕は、一体何をやってんねや……こんな、十六歳の子どもに、いったい何を……
痺れ切った脳の片隅で、理性の欠片がそう呟いた。だが、肉体と思考は完全に別ものと成り果ててしまったかのように、欲に煽られ周を襲い続けている。
「や、も……いっちゃう、おれ、いっちゃいそ……だからっ」
「ん……キス、だけで……?」
「牙、舐められると……っ。ねぇ、下も、さわってよ」
「え……」
ぐ、と下から押し付けられる硬い熱量に、真人の股間もずくんと疼いた。腰に絡まった細い脚に締め付けられるたび、ペニス同士が擦れ合って、腰が砕けそうに甘い快楽がせり上がってくる。
「ンっ……周くん、それは……っ」
「ねぇ、もっとして。ハァっ……きもちいい、きもちいいから……っ、はァっ」
「ん、んっ……」
蕩然とした表情でその先を強請られて、とうとう我慢ができなくなってしまう。真人は、性急な動きで周の脚を腰から外し、細身ののジーンズをぐっと下げてやった。
ふるりと撓った若い性器を、掌に包み込む。そして、もういちど荒々しく唇を重ね合わせながら、これ以上ないと言うほどに張り詰めた周のそれを、上下に扱いた。
「ん、ぁ、あ、ンっ……ぁ、あ!」
両腕で真人にしがみつきながら、周は前後もなく乱れ狂った。自ら腰を振って真人の愛撫を求め、高らかに鳴きながら、「あ、ぅあ、いく、いくっ、ぁん……っ!」と譫言のように乱れて、善がって……。
「まさひとぉ……ッ、ん、ぁ、でるっ……ん、んっぅ……!!」
「っ……は」
乱れるうちに捲れ上がったパーカーの下で、無防備にさらされた白い腹を、精液が汚す。かすかに痙攣しながら、くったりと目を閉じる周の姿と、ねっとりと濡れた掌を見下ろしながら、真人は無意識のうちに自らの股座に手を伸ばしていた。
――こんなこと、したらあかん。いいわけがない……なのに、止まらへん……
「ん、んっ……はぁ」
しどけない格好に成り果てている周を見下ろしながら、これまで見たことがないほどに反り返ったペニスを慰める。周の上に四つ這いになったまま、息を弾ませながら自慰に耽った。
刺激を求めて破裂寸前だった真人のそれは、あっという間に絶頂へと駆け上る。そして鈴口から勢いよく放たれた体液が、周の下腹をさらにどろりと濡らした。
「はぁっ……はぁっ……は……」
「真人……ねぇ、もっと、もっとさわって」
「はっ……でも、これ以上は……」
「ねぇ、ぜんぜん、おさまんねーよ……。なんで? 吸血鬼って、こんななの……?」
真人は、その問いへの答えを持ち合わせていない。だが、熱を持て余して涙をこぼす周の肉体を宥めることはできる。
もう一度キスをして、求められるままに若い肉体を慰める。
シーツがあられもなく乱れる中、ふたりの吐息はさらに熱を増してゆくのであった。
ともだちにシェアしよう!