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1.始まりの春(6)
駅に着き、ホームに立っているだけなのに、ここでも鴻上さんへの女子の視線の集中度が、すごいことに気づかされる。
「要……剣道は?」
「……やってません」
この話は、いつかされるとは思った。
剣道は好きだった。
あの頃は、鴻上さんやアイツみたいに強い剣士になって、いつか日本一を目指すようになりたいと思っていた。でも。自分に向かってくる大柄な男に対する恐怖心がぬぐえない限り、試合場には入れなくなっていた。
「……そうか」
それでも。
俺がもっとでかくなれば、きっと鴻上さんに感じたみたいに、恐怖心が薄れるのかもしれない。そうであったらいいのに、と、少しだけ思った。
「他の部活とかは、どう?」
「いや……運動自体は嫌いじゃないんですけど、部活するほどでは……」
「そうか……もったいないな」
寂しそうに微笑む鴻上さん。なぜだか、申し訳ない気持ちになってしまう。
「要、お前の家って」
地元の駅のホームに降り立つと、鴻上さんが聞いてきた。そういえば、今住んでいる所のことを話していなかったことを思い出す。
「ああ、俺、東口からバスなんで」
「一人で大丈夫か?」
「何言ってるんですか。慣れてるんで大丈夫ですよ」
心配そうに見つめられると、なんだか照れくさくなる。
「そうか……。そうだ。お前の連絡先、教えとけ。何かあったら、連絡しろよ」
連絡先を交換しおえると、鴻上さんは、"気を付けて帰れよ"と言って、西口の改札のあるほうに向かっていった。ホームから降りていく鴻上さんの背中が見えなくなってから、俺も東口の改札のほうに向かう。
もともとは、鴻上さんの住んでいる社宅のマンションに、俺たち家族も住んでいた。そろそろ戸建てに住み替えたいと両親が考えていた矢先に、あの事件が起きた。タイミングがいいというのか、悪いというのか。事件が落ち着いた頃に、俺たち家族は引っ越した。駅を挟んで反対側。中学校の通学の学区を変えるのに十分だった。これで、アイツと会わないですむ、そう思った。
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