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1.始まりの春(8)

 高校生活は意外に順調に進み始めた。  ヤスとは、座席順のおかげもあって、色々話もするし、俺と同じ帰宅部だからしょっちゅう駅まで一緒に帰ったり、寄り道して買い食いして帰ったりもするようになった。  ヤスの隣に座ってる佐合さんも、時々、俺たちの会話に入ってきたりして、女子の中では一番話しやすかったりする。彼女は家庭科部に入ったおかげで、時々、部活で作ったお菓子をおすそ分けしてくれたりする。密かに甘い物好きの俺としては、貴重なお菓子供給源だ。 「昨日はマドレーヌ作ったの」  そう言って、恥ずかしそうに俺たち二人に一つずつ、可愛らしいビニールのパッケージに入ったマドレーヌをくれた。 「えー、茜ちゃんの手作り~!?俺、食べられないよ~」 「え、ヤスくん、マドレーヌ、嫌い?」 「もうっ!そういう意味じゃないよっ!」  思い切り佐合さんを"茜ちゃん"呼びして、結構積極的なヤスなんだけど……。 「……ヤス、言葉が足りなすぎ」  まぁ、そこは、察してやってよ、佐合さん。しかし、この二人のやりとりを見てると和むわ。ついつい、ニヤニヤしながら見てしまう。  そんな長閑な高校生活。  今日、生徒が全員、ジャージ姿でウロウロしてるのは、運動会でも球技大会でもない。全校一斉の健康診断のせい。記録用紙を片手に、俺とヤスは体育館の中に入った。 「要、お前、身長どれくらい?」 「俺?んー、去年は170だったけど。今年はどうかな。少しは伸びててほしいんだけど」 「そっかぁ……いいなぁ、俺も早く"170"って言えるようになりてぇ……」 「ん?四捨五入でいんじゃね?」 「いいのか?いいのか?それで?」  身悶えているヤスを残して、身長を測る列に並ぶ。慌てて俺の後をついてきたヤスと、"この後はどこに行けばいいんだ?"なんて話をしていると、なんとなく視線を感じてキョロキョロと見回したら、視力の検査の列にいた鴻上さんと目があった。  にっこり笑って、俺に、手を振ってきた。  学年ごとに色の違うジャージ。鴻上さんたち3年は濃紺のジャージ。鴻上さんは白のTシャツに濃紺のジャージの下を履いていて、すらっとしている立ち姿が、引き締まってみえる。ぽーっと見惚れていた俺に、"ん?"という顔をされたから、慌ててお辞儀をしてると、 「次の人~」 と、俺が呼ばれていた。 「えーと、172cmね」  白衣を着たおばさん先生は、俺の顔も見ずに、俺が渡した記録用紙に書き込んでる。  おっし!去年より2cm伸びてた!もうちょっとでかくなれればいいのに。と、ワクワクしながら、次の検査項目の、視力の列に向かう。 「要」 視力検査を終えたのか、鴻上さんが、いつの間にか俺の隣に立っていた。 「こんにちは」 「身長、どうだった?」 「172cmでした。去年より2cmも伸びてて、びっくりです」 嬉しくて、思わず笑いかけると、鴻上さんは驚いた顔をしたかと思ったら、少し頬を赤らめて視線をはずした。 「そ、そうか。俺は178だから、まだ追い抜かれそうもないな」 「わかりませんよ~」 「フフフ。まぁ、がんばれよ」  ポンポンと頭を軽く叩いて、"じゃあな"と言って去っていった。叩かれた頭に手をやりながら、なんだか、子供扱いだな……と、少しだけ悔しいな、と思った。  教室に戻ると、すでに制服に着替えていた佐合さんと、ジャージのままのヤスが楽しそうに話していた。 「佐合さん、身長いくつだった?」  小さくてコロコロしたイメージのある佐合さんに、ヤスは目を輝かせながら問いかけて、彼女の言葉を待ってる。 「私?155cm。もう伸びないのかなぁ」 「え、意外。もっと小さいのかと思ったよ」 「そういうヤスはいくつだったんだよ」 「うぐっ!それ聞く?」  "はぁ……"と、軽くため息をつきながら、記録用紙を差し出してきた。 「見ていいのか?」 「数字は声に出すなよ。」 「ふーん。」  どれどれ……169cm……。 「惜しかったな」  思わずクスッと笑う。 「おいっ!そこ、笑うところじゃねぇだろっ!」  ムキ―!と声に出している姿は、まるで子猿だ。 「えー、私の身長聞いといて、ヤスくんは教えてくれないの?」  ぷーっと頬を膨らませた佐合さんは、ヤスのことを軽く睨んでる。そんな彼女に、でれぇっとした顔。……残念なやつだな、お前って。

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