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1.始まりの春(9)
帰宅部の俺とヤスは、よく寄り道していく。といっても、駅に行くまでの間にあるファストフード店で、スマホをいじりながらぐだぐだとくっちゃべってるだけだけど。今日もいつものようにけっこういい時間までダラダラしていた。
「あれ。佐合さんじゃない?」
窓の外を足早に駅に向かう佐合さんが、少し焦ってるような顔をしているような気がした。
そして時折、背後を気にかけているようにも見えた。佐合さんの普段とは違う表情に、思わず、ヤスに声をかけた。
「あ、ほんと……だ……?」
のんびりと佐合さんに視線をやっていたヤスだったけれど、彼女の後ろを2,3人の男がついていくのが見えた途端、いつもはおちゃらけてるヤスが、眉間にシワをよせた。
「あれ、加洲高のやつらじゃないか?」
だらしなく着崩したブレザーの制服。ニヤニヤしながら、視線は佐合さんを追っているのがわかる。追いつこうとすれば追いつけるのに、ただジリジリと追いかけているだけ。獲物が弱るのを待っている肉食獣のように。
私立の男子校の加洲高は、すべり止めの最後の砦、いわゆる、おバカさんたちが行くような高校。それなりに質のよくないやつらばかりが集まっている。
「まさか、追いかけられてるのか?」
それに気づいたとたん、ヤスがテーブルの上をそのままに飛び出して行った。慌ててテーブルの上を片付けて、ヤスの後を追った。少し先を走っている後ろ姿がチラリと見える。"はえぇぇっ!"と思った瞬間に、突然ヤスの姿が消えた。
なんだ?と思いながら追いかけると、ちょっとした横道に、佐合さんと加洲高のやつらが固まっているところに割り込もうとしているヤスの後ろ姿が見えた。
「ヤスッ!」
俺が駆け寄る間に、ヤスの身体が素早く動いたかと思ったら、加洲高の奴らがあっという間にうずくまる姿が見えた。
その様子に驚いて立ち尽くしている俺を無視して、表通りに戻りながら、奴らは何か捨て台詞を言っていたようだった。俺は二人のほうが気になったから、慌ててそのままそばに駆け寄った。
「二人とも、大丈夫だった?」
ヤスはあんなに早く走った上に、あいつらを追い払ったのに、息もあがっていなかった。
すげぇな、と思いながら、俺はヤスのほうを見てたのに、俺の声に気が付いた佐合さんは、目に涙を溜めて。
……俺に抱き付いてきた。
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