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1.始まりの春(10)
その時のヤスの様子は、まさに、"ガーーーーン!"という擬音語が特大で浮かんでいるようだった。そりゃ、そうだろう。あんなに身体を張って助けた相手が、自分にではなく、後から現れた俺の方(それも、何もしてないし)に抱き付くなんて、思いもしない展開なのだから。
逆に俺は、なんで抱き付かれてるんだか、わからなくて、硬直していて、佐合さんは、ワンワンと泣くだけで。
……本当にどうしたらいいんだっていう状況だった。
しばらくして、ようやく佐合さんが落ち着いてきたところで、声をかけた。
「さ、佐合さん、もう離してもらえる?」
その時になって、ようやく自分が俺に抱き付いてたことに気づいたのか、顔を真っ赤にした佐合さんが、慌てて俺から離れてくれた。
「ご、ごめんなさいっ」
「佐合さん……大丈夫なんだよね?」
相変わらず"ガーーーーン!"という状況のままのヤスを、目の端にとらえながら、とりあえず女の子を優先する俺は、佐合さんを心配そうに見つめた。
「あ、ありがとう。ヤスくん。獅子倉くん」
俺たちは駅ビルに入ってるファストフードの店に入った。さっき食ったばかりの俺たちと、部活で作ったお菓子を食べて来ていた佐合さんは、飲み物だけ買って、4人掛けの席に座った。
「あのね。実は……あの人たちに、最近、追いかけまわされてて……」
部活のある日の帰り道に、いつも後をつけられてたらしい。今日は、帰宅部の俺たちでも、のんびりしてたおかげで気づけたわけだ。話をしていたら思い出したのか、じんわりと目を潤み始めた。
「今日は、いつもより距離感が近くて……怖くなって逃げてたら、捕まりそうになって」
そこで、ヤス登場、ってわけだ。
「そういや、ヤス、なんか武道系やってるの?」
「あ、一応、合気道な。」
さっきまでのショックからは立ち直ったのか、なんでもないことのように言いながら、ズルズルとコーラを吸い込む。
「すげぇな。部活やんないのは、それのせい?」
「まぁな。うちの学校にはないし。合気道部」
部活紹介では、けっこう多くの運動部もあったはずだが、柔道部と剣道部はあるけど、合気道部はなかった。
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