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1.始まりの春(12)

 そこには、トレーを持って立っている鴻上さんがいた。部活の帰りなのか、他にも、うちの高校の制服を着ている人たちが何人かが、カウンターで注文している。 「鴻上先輩っ!こっちです!」  俺たちの席の近いところにいた男子生徒の一人が、声をかけてきた。テーブルには、もう何人かが座ってる。 「ああ、行く」  そっちのほうを見ながらそう返事をすると、俺たちの席のそばにやってきて、ニコニコ笑いながら話しかけてきた。 「今、帰りなの?」 「あ、はい」 「珍しいね。こんな時間に」 「あ、ええ。ちょっと」  鴻上さんは、剣道部のエースということもあって、うちの高校でもちょっとした有名人だからか、ヤスと佐合さんは、俺と鴻上さんとの会話を目をキラキラしながら見ている。 「……まだ、いる?」  最後の言葉は、俺に向かって、確認するように聞いてきた。 「あ、えと。そろそろ帰ろうかと」  俺たちの飲み物もほとんどなくなっていた。 「そう……」  そういうと、何を思いついたのか、鴻上さんのトレーにのっていたポテトを俺たちの前に置いた。 「え。あの……」  鴻上さんを見上げる。 「これ、食べちゃって。食べ終わったら、声かけて」  ニッコリしたかと思ったら、俺たちに反論の余地も残さずに、さっき呼んでた男子のいる席に歩いて行った。 「……食べようか」  少し頬を染めた佐合さんが、鴻上さんの背中を見ながら言う。俺たちは、しばらく何も言わずにひたすらポテトを口にほうばる。Lサイズのそれは、なかなか量が減っていかない。この調子だと、俺たちが食べ終わるより先に、鴻上さんのほうが食べ終わるんじゃないか、と思ったくらいだ。 「俺……もうお腹いっぱいなんだけど」  ヤスは、さっきの店でもセットの他にチキンナゲットも頼んでいたから、けっこう腹いっぱいになってたし、炭酸が余計に腹を膨らませてもいた。 「わ、私も、もういいや……」  佐合さんも眉を下げながら、"ごめーん"と手を合わせる。  はぁ、俺ががんばるしかないか……。  なんとか最後のを一本を食べきった頃。鴻上さんたちの集団は、なんだか盛り上がっていて、それを邪魔するのは悪いなぁ、と思ってた。チラッと見た瞬間に鴻上さんと視線が合った。俺たちのテーブルが食べ終わってるのに気づいたみたいで、さっさと荷物を持って俺たちのテーブルに来た。 「食べ終わった?」 「……はい」  喉元に戻って来そうな感触を感じながら、なんとか笑顔を貼りつける。 「じゃ、帰ろう」 「え?」 「帰らないの?」 「いや、あっちはいいんですか?」  一応、気を使ってさっきまでいた集団に目をやると、こちらのことを気にせず盛り上がっていた。さっき鴻上さんに声をかけてきた男子生徒以外は。とても痛い視線を感じるのは、俺だけじゃないはず。隣に座っていたヤスも、その視線に気づいているのか、眉間にシワをよせている。 「あ、でも」 「要。鞄もって」  有無を言わせずに、俺の二の腕を持ち上げる。強引だけど、それに素直に身体が動いてしまうのは、この人だからかもしれない。 「ごめん、俺」 「ううん、気を付けてね」 「佐合さんは任せろっ!」  むしろ、俺がいないほうがいいのか。今更気が付く俺。クスッと笑って"任せた!"と、ヤスと拳を重ねた。 「要」 「あ、はい」  鴻上さんは、"じゃあね。"と、ヤスたちに笑顔を送ると、そのまま俺をひっぱるように店を出た。

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