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1.始まりの春(13)
電車に乗り込んでも、しばらく無言の鴻上さん。機嫌が悪いのか、無表情でも、雰囲気でなんとなくわかる。
「……なにかあったんですか?」
あんまり無言の時間が居心地悪くて、聞いてしまう。そんな俺に向ける視線は、なぜだか少しだけ、辛そうに見えた。
「……ゴールデンウィークって、何か予定あるの?」
「はい?」
「今度、交流試合があってね。もしよかったら見にこないかな」
あの事件以来、剣道にかかわるのを止めてしまった。アイツのことを思い出すようなことから、正直、逃げていた。だから、試合場に行くことも嫌だった。そんな俺に、それを求めるのか、と思うと、イラッとしてしまって、鴻上さんから視線をはずして電車の外の風景に目をやってしまう。
「……まだ、無理か」
「……」
「でもな。要」
肩にのった鴻上さんの手が、温かい。そして、俺のことを本当に心配してくれてるってわかる声。
「いつまでも、逃げていられないぞ」
言われなくても、頭ではわかってる。最近は、よっぽど大柄な男でなければ、恐怖感がわかなくなってきてる。たぶん、俺自身の背が伸びてきて、自分と大差ないと感じられるようになってきたから。
それは、小さい頃はすごく大きいと感じていた鴻上さんが、今は俺より少しだけ大きいだけだってことに気づかせてくれたから、というのもある。
それでも、アイツがいた、アイツもいた、試合場には入れない。
「……試合場に近づかなくていいから」
ギュッと肩を掴まれる。
「武道館の入口からでもいい。俺のために応援に来てくれないか」
大人っぽくて強い人というイメージで、いつも自信があるように見えていたのに、その声は少し切羽詰まって聞こえた。思わず、窓の外を見ていた俺は、隣に立つ鴻上さんの顔を見た。
鴻上さんの顔は、とても、優しく微笑んでいた。
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