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2.逃げたい。逃げない。(1)

 鴻上さんの言葉が、ずっと心にひっかかっていた。  「俺のために応援に来てくれないか」  俺なんか応援しなくたって、鴻上さんみたいなカッコイイ人を応援してくれる人なんて、たくさんいるのに。それでも、あの時の声が、何度も頭の中で繰り返す。そして気が付けばゴールデンウィークに突入していた。  母が入院する前は、両親のどちらかの実家に顔を出しにいったけれど、今年は親父も忙しいらしくて、その余裕もない。俺一人でわざわざ行くのも億劫で、外出するのは母の見舞いに行くこと以外では、ほとんど家でゴロゴロしていた。だから、別に俺自身は忙しいわけじゃない。  鴻上さんからは、交流試合の日程は聞いていた。  わざわざ隣県から遠征してくる相手校は、かなり強いという噂を聞く学校。そんな学校が、うちみたいな公立の高校に遠征だなんて、貴重な体験なのに違いない。もう竹刀なんてしばらく手に持ってすらいないのに。あの時の鴻上さんの顔を思い出した時、俺は家を出ていた。  電車に乗った時、すでに後悔し始めていた。だけど、途中下車して戻るという気にはなれず、ジリジリとした気持ちのまま、学校に向かっていた。向かっている時間帯のせいもあるかもしれないけど、ゴールデンウィークらしく、学校に向かっている制服姿はほとんど見られなかった。校門を抜けたところの駐車場に、大型のバスが1台止まっていた。遠征に来ている高校のバスだろうか。  今日は、他の運動部も練習をしているのか、体育館のほうからもかすかにボールの弾む音や、掛け声が聞こえてくる。体育館の横にある武道館に向かうと、すでに試合が始まっているのか、竹刀や防具に当たる音とともに、鋭い気合いの声が聞こえてきた。  武道館の入口には、すでに何人かの見学者がいた。ほとんどが私服姿の女子。おかげで、俺の身長でも試合場の中は見ることができた。うちの高校は、女子の剣道部もあるけれど、どうも相手は男子校だったみたいで、男子のみの試合になっているようだった。

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