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2.逃げたい。逃げない。(6)
ゴールデンウィークが終わって、いつもの高校生活が戻ってくる。
佐合さんとヤスは、佐合さんの部活の帰りに一緒に帰るようになった。おかげでその後、加洲高のやつらに追いかけられることなく済んでいるらしい。そのおかげで、ずっとご機嫌なヤス。
「もう、今ほど合気道やっててよかったと思うことはないっ!」
握りこぶしを高く掲げている姿は、なかなか勇ましいんだけれど、どうしても"海賊王になる!"というセリフしか思い浮かばない。
「まぁ、よかったな」
「グフグフグフフ……」
「……お前、気持ち悪いぞ」
「だってぇぇっ」
「ほどほどにしないと、佐合さんに嫌われるぞ」
「それは困るっ!」
だらけきった顔が急に真面目に変わるあたり、こいつが本気(と書いて"マジ"と読む)なのが伝わってくる・・・はずなんだが。どうしてだろう、どこか、軽く感じるのは。
教室の出入り口のほうが煩くなった。
「獅子倉、なんか、お客さん」
出入り口近くのの席の奴が俺を呼ぶから、行ってみると。
「君が、獅子倉くん?」
見たことのない女子が二人、立っている。
「はい。あの……?」
ショートカットで黒髪の女子が、しげしげと俺を見る。なんだろう。値踏みされてるようで、嫌な感じだ。もう一人の茶髪でストレートの髪を肩まで伸ばしているほうは、ショートカットの後ろで、腕組みして見ている。こっちは冷たい……いや、まるで氷の女王みたいな眼差しで。
「ふーん」
ショートカットのほうは、それだけ言うと、もう用は済んだとばかりに、踵を返して去っていく。茶髪のほうは、"フンッ"と鼻で笑ったかと思ったら、ショートカットの後を追っていった。
「……なんだよ、あれ」
俺はただ呆然と見送った。
知らない相手に、あんな態度をされれば不愉快極まりない。ムカムカしながら、自分の席に戻ろうとすると、クラスメートの平沼 が駆け寄ってきた。
「獅子倉、お前、なんかやったのか?」
なんだか心配そうな顔。
「へ?なんで?」
思わず、気の抜けた返事をしてしまう。だって、全然自覚はないし。そもそも、あの女子たちは何者だったんだ。
「いや、朝倉 先輩と一宮 先輩、二人そろってお前のこと呼び出すなんて……。なんか、やばそうだなって、思ったから」
「なんで?あの二人、有名人?」
俺は知らないけど。
「先輩たちは2年だけど、女子剣道部の大将と副将やってるんだよ。ああ見えて」
すでにいもしない二人の陰にびくついてるのか、出入り口のほうを見る平沼。
あの二人が剣道部……。パッと見には、全然剣道部らしく見えない。ショートカットのほうは、少しボーイッシュな感じだから運動部に見えなくはないけど、もう一人のほうは明らかに部活なんかやってそうに見えなかった。というか、モデルかなんかやってるんじゃないかって思うくらい、華奢なイメージだったのに。
「へぇ……って、お前、剣道部なの?」
今さら、聞いてしまう。あんまり話したことなかったけど。
「ああ。獅子倉、鴻上先輩と知り合いなんだろ?」
「あ。まぁ……」
「この前、試合見に来て倒れたの、俺も見てたから」
「あ……。悪いな、試合中だったのに」
「いや~、体調悪いのとかは、どうしようもないだろ。でも、あの時の鴻上先輩の慌てぶりは、ちょっと面白かったけどな」
苦笑いしている平沼に、何も言い返せず、俺も同じように苦笑いを返すだけだった。
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