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2.逃げたい。逃げない。(8)
呆然と見送っていた俺に、ヤスがポツリ。
「なんだ、あれ」
「……さぁ?」
そんな俺たちの目の前を、"フッ"と鼻で笑って通り過ぎていく男子生徒が一人。
"え?"
なんだ、あれ?俺と同じくらいの身長だけど、クルクルとクセのある茶髪で、かわいい感じ。あの笑いがなければ、けっこうイケメンだなって思えたのに。剣道部の集団の一番最後を、のんびりと歩いていく後ろ姿を、じっと見る。
「……嫌な感じだな」
珍しくヤスが嫌そうな顔をしている。
「うん……嫌な感じ」
なんだかバカにされたように感じたのは、俺だけじゃなかったみたいだ。モヤモヤした気持ちのまま、俺たちは駅に向かった。
ホームに降りると、前の方に剣道部の団体がわさわさいるのが、見えた。その中に鴻上さんがいるのも見えたけれど、敢えて、後ろのほうの車両が止まるところに並んで待った。
線路を挟んで反対側には笑いながらヤスが手を振ってる。恥ずかしいヤツだなぁ、と思いながら、軽く手を振る。ちょうど、向こうの電車のほうが早く入ってきて、電車に乗り込んだヤスが驚いた顔で、俺のほうを指さしている。
"?"
振り返ると、鴻上さんが、にっこり笑いながら立っていた。
「え?」
「なに?」
「あ、いや、剣道部の人たちは?」
「前の方にいるよ」
「え?だったら」
「いいんだ」
鴻上さんにしては珍しく、強引な言い方。
反対側の電車は動き出していたけれど、ヤスはなぜか、親指を立ててる。なぜだか鴻上さんも、ヤスに応えるように笑いながら親指を立てていて。
「え?ヤスと知り合いですか?」
「ん?いや。ノリで」
鴻上さんって、こんなに軽いノリで反応したりするんだ、と、新たな発見に、ちょっと嬉しくなる。他愛無い話をしているうちに、電車がやってきて、目の前に開いたドアに乗り込もうとしたら。
「鴻上先輩っ!」
後ろから声をかけてきたのは、さっき嫌な笑い方をしたヤツだった。
「祥吾 、どうした」
不思議そうな顔で、そいつを見た鴻上さん。
……俺は、なんだか、嫌な気分になった。
「急に先輩がいなくなるから」
なんだろう?この人の媚びたような感じは。
「子供じゃないんだから。俺いなくたって」
「だめですっ」
ぷぅっと頬を膨らませて、鴻上さんを見上げている姿は、まるで……彼女?……いや、男だから彼氏?
「みんな、向こうで待ってますから」
そう言うと、鴻上さんの腕を引きながら剣道部の集団がいるほうに連れて行こうとする。子供かよ、と半ば呆れながら、その様子を見ていたら、鴻上さんはその手をすり抜けると、俺のそばに立った。
「祥吾は戻れ」
「鴻上先輩っ」
「要と話があるから。お前は戻れ」
優しいけれど、言い聞かせるような声。"祥吾"と呼ばれたその人は、それに反論することができずに、俺を睨むと、無言で隣の車両に移っていった。
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