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3.乗り越えるモノ(2)

 放課後になって、そろそろ帰ろうかと、鞄をとると、スマホに着信。鴻上さんから、"日曜のことで話したいことがあるから、部活が終わるまで待てないか"、と。俺は待っててもいいけど、また、あの人たちに邪魔されるのも気分悪いしな。かといって、鴻上さんを無下にもできないし。 『待つのは構いませんが、外野に邪魔されるのでは』  はっきり言った方がいいと思った。 『この前の喫茶店で待ってて』 ……ふーん。  また邪魔しにくるんじゃないの?と思うと、なんだか気が重い。鴻上さんと話をするのは楽しいし、何も話さなくても気にならないんだけど。その空気を邪魔されるのは、いい気分じゃない。鴻上さんは、わかってるんだろうか。  喫茶店は、今日もレトロな雰囲気で、ここだけ時間が止まってるみたいだった。 「カフェオレお願いします。」  剣道部が終わりそうな時間まで、教室で待っていたけれど、さすがに薄暗くなってまで、そこにはいたくなくて喫茶店に来た。あとどれくらいで来るのかわからないけど、スマホを取り出して、ゲームを始める。可愛いキャラクターのパズルゲーム。ついつい夢中になると、周りのことが見えなくなってしまうのは、俺の悪いクセだ。  気が付けば、目の前の置かれていたマグカップのカフェオレはすでに冷めていた。それを手に取って、微かに残ってる温もりを感じながら味わっていると、店のドアが勢いよく開いた。 「悪い、待たせたな」  走ってきたのか、少しだけ息をきらせた鴻上さんが、目の前の席に座った。 「あ、俺、アイスコーヒー」  カウンターの中にいたおじいさんに気軽に声をかける鴻上さん。おじいさんは無言でカウンターから出ると、アイスコーヒーをテーブルに置いた。 「大丈夫なんですか?」  俺が心配するのもなんなんだけど。 「あ?何が?」 「いや……いつもの方たち……」  ついつい苦笑い。そんな俺を、申し訳なさそうに見る鴻上さん。 「ああ、大丈夫。振り切ってきた」 「……お疲れ様です」  鴻上さんも苦笑いしながら、アイスコーヒーに口をつけた。 「日曜なんだけどさ。」  都合が悪くなったのなら、わざわざ、ここで待ち合わせすることはない。何を言われるのかと、少し身構えていると。 「午後の3時くらいでも大丈夫かな」 「えと。面会時間が午後からなんで、それくらいだったら全然大丈夫ですよ」 「そっか。それと、何かお土産持って行きたいんだけど。うちの母親がうるさくて」  鴻上さんのところのお母さんは、落ち着いた感じの鴻上さんとは正反対に、バリバリの肝っ玉母さん、なんでもどんとこーい!ていう感じの陽気なおばさんだった。きっと色々と鴻上さんにも言っているに違いない。 「お気遣いなく……」 「いや、そういう訳にもいかないよ。マジで、後で俺が殺されるから」  クスクス笑う鴻上さん。 「でしたら……」  前に母が言ってたことを思い出す。 「ちょっとしたお菓子の詰め合わせみたいなのでいいですよ」 「お菓子の詰め合わせ?」 「ほら、一口サイズみたいな。それでいくつか入ってるようなの」 「……おばさん一人で食うのか?」 「そんなわけないでしょ」  不思議そうな顔の鴻上さんが、なんだか、可愛く見えて、笑ってしまった。 「カロリー制限してるから、たくさんは食べられないみたいなんです。でも残ったやつとか、お世話になってる看護師さんたちにおすそ分けできるかなって」 「なんで?」 「なんか、お世話になってるからって差し入れとかしても、受け取ってもらえないんです。でも、お見舞いで持ってきたものとかなら、看護師さんたちも言い訳しないで受け取ってもらえるかなって」 "すみません、図々しくて。"と言いながら、カフェオレを飲み干した。 「そういうもんなのか」 「らしいです」  喫茶店から出るころには、外は真っ暗で、空には月が昇っていた。寂れた商店街の灯りは、青白くて、ここだけ気温が低い気がする。 「要、夕飯は?」 「んー、帰ってから、冷蔵庫の中と相談しながら、なんか作ります」 「だったらラーメンでも食っていくか」 「え。」 「俺が奢ってやる」 「いや、でも」 「……俺が奢るって言ってるんだ。素直に奢られておけ」  ニッコリ笑いながら、俺の頭をなでた。もう、俺はそんなに子供じゃないのにな。それでも、その手の温もりが、ちょっとだけ嬉しかった。

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