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3.乗り越えるモノ(3)

 約束の日曜日。大き目なスポーツバックに母の着替えを詰め込んで、家を出た。俺は毎週末、母の見舞いに顔を出しているけれど、親父のほうは、いつ行ってるのか、さっぱりわからない。そもそも、家で顔を合わせることも稀だし。それでも、テーブルの上に生活費らしきものを残していってくれてるだけ、ありがたいと思うべきなんだろう。  駅前で鴻上さんを待ちながらスマホのゲームをしていると、 「要っ!」  制服姿の鴻上さんが、大き目なビニール袋を持って現れた。 「待たせたかな」 「いえ」 「それと、これ。ちょっと大きすぎたかな」  高校のある駅の駅ビルに入ってる、お菓子メーカーの包装紙で包まれてる箱は、何人分のお菓子が入ってるんだろう、と思うくらい。 「……まぁ、少ないよりはいいかと思います。」  クスクスと笑いながら、病院に向かうバスのバス停に向かった。  俺たちが向かう入院患者のいる病棟は、見舞客でごったがえしている。母のいる病室に向かおうとしたとき、ナースステーションから顔見知りの看護師さんが現れた。 「あら。獅子倉さんところの」 「こんにちは」 「今、お母さんは検査に行ってるわよ。でも、もう戻る頃かな」 「そうなんですか。とりあえず、ベッドのところででも待ってます」  軽く頭を下げて、病室に向かう。 「顔パスだな」 「そんなことないですよ」  母の病室は大部屋のせいで、いろんな患者や、その家族の出入りが激しい。 「病院って、もっと静かなんだと思った」  鴻上さんが驚きながら、手に持っていたお菓子を俺に渡してきた。 「あら?」  ちょうどその時、母が、ベッドを囲うカーテンを開けて入ってきた。 「おかえり」 「ただいま。えと、こちらは?」 「鴻上さん。覚えてる?今は高校の先輩」 「あらっ。あらあら。ずいぶんと大きくなっちゃって。ご両親はお元気?」 「ご無沙汰してます。嫌って言うくらい元気ですよ」 「わかるわ~。聡子さん、いつも元気なイメージしかないもの」  楽しそうに話している母を見て、少しほっとした。 「母さん、鴻上さんから、これ」  包装紙を剥がしてしまって箱の蓋を開けてみると、一口で食べられるようなミルフィーユのお菓子が入っていた。 「あらぁぁっ!美味しそうね。一つだけいただくわ」  パクリと食べてしまう姿は、自分の母親なのに少女みたいだな、と思ってしまう。それは、前より少し痩せたせいもあるのかもしれない。  母が後で食べられるように、いくつか取ると、再び箱の蓋をしめる。 「じゃあ、残りはナースステーションに渡してくるよ」 「あ、ついでに飲み物買ってきてくれる?」 「わかった」  俺は、鴻上さんを残して、ナースステーションに向かった。  ナースステーションでは案の定、断られそうになったけれど、"母一人じゃ食べられないので"と言って押し付けてきた。そのまま、1階にある売店まで行って、いつも飲んでるミネラルウォーターを2本と、俺と鴻上さん用に缶コーヒーを買う。  ナースステーションで少し時間がかかってしまったので、早歩きで病室に戻った時。母と鴻上さんが話しているのか、くぐもった声が聞こえてきた。  あれ?  母さん、泣いてる?  慌ててカーテンを開けると、目にハンドタオルをあてている母と、なぜか目を赤くしている鴻上さん。 「……どうかしたの?」  この二人の微妙な雰囲気に、どう入っていいのかわからずにいると、 「あ、お水ちょうだい。喉渇いてたのよ」  そう言うと、俺が持っているビニール袋を取り上げた。  何があったか聞いてはいけない雰囲気に、飲み込まれてしまって何も言えない俺。二人は先ほどまでの様子とは違い、楽しそうに話をしだしていた。  ……このまま、いい雰囲気のまま、引き揚げたほうがいいのかもしれない。 「じゃあ、母さん。また土曜日に来るね」 「うん。わかった。鴻上くん、今日は、わざわざありがとうね」 「いえ」 「……要のこと、よろしくね」  二人の間に、どんな話があったのか、すごく気になるけれど、きっと、教えてはくれないんだろうな、と、二人の目つきを見て思った。

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