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3.乗り越えるモノ(5)
学校が始まれば、いつものようにヤスとくだらないおしゃべりや、佐合さんから部活で作ったお菓子をもらったりする日常が繰り返される。だけど、時々、校内で鴻上さんとすれ違ったりしたときの、ちょっとしたやりとりが、ちょっとだけぎこちない感じになったのは、この前のアレのせいだろうか。 鴻上さんのほうが、少し意識しすぎな気がする。でも、いつも、河合先輩たちに邪魔されるけど。
授業が終わったら、さっさと帰るところなんだけれど、珍しく佐合さんから声がかかった。
「獅子倉くん、今日、家庭科部でアップルパイ作る予定なの。もしよかったら、食べてくれない?」
それ、俺じゃなくてヤスに言ってあげて、と言いたいところだが、佐合さんは、ヤスのことは勘定にいれてないのか、視線すら向けない。ヤスが、泣きそうな顔で見てるっていうのに。
「あー、ヤスも一緒だったら……」
「もうっ、当然でしょっ!」
……?……お?おや?
ヤスくん、キミは、"当然"らしいよ?
思わずニヤニヤしながらヤスに視線をむけると、佐合さんには見せられないぐらいにデレデレの"海賊王"がいた。ヤスは相変わらずボディーガードで、なかなかそれ以上には進められないでいたようだけれど、少なくとも、いつも一緒にいる相手、くらいにはなったのかもしれない。(がんばれ、ヤス!)
佐合さんを待ちながら、スマホでゲームにいそしんでる俺たち。
「クソッ、ヤスに負けるとか、ありえないんですけ。」
「フフン、要くん、僕に勝とうと思うことのほうが、ありえないんですえど。」
「ムカツクー!」
ギャイギャイ騒いでると、ふわっと、香ばしい香りがただよってきた。
「お?」
「もしかして」
開けたままの教室の出入り口から、エプロン姿の佐合さんが、カットされたアップルパイをのせた皿を両手に持って現れた。
「お待たせ~!」
小腹が減ってた俺たちには、たまらない匂いだった。
「おおおっ!こんなに食べていいの?」
皿から溢れるんじゃないかっていうくらいのアアップルパイに、目がキラキラしてしまう俺。
「ウフフ。どうぞ、召し上がれ♪」
渡されたアップルパイを手に取って、大きく一口。
「!!」
サクサクしたパイ生地と、間に挟まれたとろっとしたリンゴが、口の中で混ざりあって、幸せな気分になってくる。
「ウマッ!」
「う~ん、茜ちゃん、たまんないよ~」
ニコニコしてる佐合さんに、"ウマイ!ウマイ!"と大絶賛のヤス。俺、邪魔者じゃね?
「あー、俺、そろそろ帰るわ」
「え。一緒に帰ろうぜ。駅までだけど」
「いやぁ……」
ヤス、俺の気遣い、察しろ。
「アップルパイ食べたら、紅茶が飲みたくなってさぁ」
「あ?お前、何、洒落たこと言ってんの?」
「ちょっと、お茶して帰ろうかと」
「え。だったら、私も一緒に行きたい」
「えっ!?」
「ええっ!!」
さ、佐合さーん。ヤスを置いていかないで……。
「片付けしてくるから、ちょっと待ってて!」
……そして教室から飛び出して行った。
「……おい」
「あ?」
「要、余計なコト言ってくれちゃったよね」
「……わりぃ……早めに抜けるから」
「……まぁ、一緒にいる時間が増えたからいいけど」
すげぇ、顔真っ赤になってるヤスが、可愛くて仕方がないんですけどね。
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