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3.乗り越えるモノ(8)

 こんな大きな武道館に来るのは、小学生の大会以来。  キェーーーーーッ  一本!  ヤーーーーーッ  いくつもの竹刀がぶつかり、防具を叩く音。そして、選手たちの気合いの声と審判の判定の声、それに被さるように、女性たちの黄色い声と、男たちの太い驚きの声。会場の中は、様々な声が充満している。 「あ、あれ?もしかして獅子倉?」  いきなり名前を呼ばれて、振り返ると剣道着を着た見知らぬ男。いや、小学校時代、同じ剣道クラブに通っていたヤツか?なんとなく顔立ちくらいしか覚えていないけど。 「オレ、オレ。覚えてないか?」  親しげに話しかけてきたけど、俺の方はしり込みしてしまう。あの当時を知っている相手だと思うと余計に。 「え?!あ、ああ……えと、悪いけど、友達待たせてるから……」  そう言って、そいつから逃げ出した。  こんなところに、俺の小学生の頃を覚えている奴なんかいないと思ってたのに。いたとしても、そんなに簡単に俺だとわかるというのだろうか?っていうか、俺が成長してないってこと?背は、あの頃なんかより、だいぶ伸びているはずなんだけど。 「要!!こっち、こっち!」  佐合さんと学校以外でも一緒にいられる、というのでご満悦なヤス。俺を含めて3人なのに、嬉しくて仕方がない、というのがダダ漏れな、残念な"海賊王"。 「うちで出てるのは、3年の鴻上先輩と、2年の河合先輩と」  トーナメント表をどこからか入手してきた佐合さんが歩きながら、うちの高校で個人戦にエントリーしている人をチェックしていた。 「鴻上先輩って、シードなんだね」  "ほおおっ!"と、ヤスは佐合さんの隣に並んで、手にしている紙を覗き込む。  広い会場をキョロキョロ見ていると、俺たちの反対側の観戦席に、うちの高校の制服を着た集団と、手すりに掲げてあるのは……鴻上さんの名前の書かれた横断幕。 「え」 「なに?」 「い、いや、鴻上さんって、そんなに人気あるの?」  横断幕のところは、身を乗り出すように試合場を見下ろしているたくさんの女性たち。 「えー。それ、今頃?」  呆れた顔の佐合さん。 「鴻上先輩っていえば、うちの高校でもベスト3に入るイケメンなんだよ」  頬を染める佐合さんも、隠れファンだと告白した。 「へぇ。そうなんだ」  いつも鴻上さんから話しかけてくれるから、あまり周りのことを意識してなかったけど。 「獅子倉くんが、鴻上先輩と仲がいいから、実は役得かなって思ってたの」  フフフと照れくさそうに笑う佐合さんを、ぽーっと見つめるヤス。まったく、恋する男ってヤツか。思わず、ニヤニヤする俺。  急に、ひときわ大きな歓声が、会場をいっぱいにする。 「鴻上先輩だ……」  興味がないと言ってたヤスが、真剣な眼差しでつぶやく。いつものおちゃらけた姿は、なりをひそめた。会場の一番奥の試合場。濃紺の胴着のほうが鴻上さんだ。 「キェーーーーーッ」 「ヤァーーーーーッ」  互いの気合いの声がぶつかり合う。思わず、ギュッと自分の手を握りしめ、視線は試合場に釘付けになる。しかし、結果はあっという間に出てしまった。  鴻上さんの二本先取。  やっぱり、あの人はすごい。 「すげぇな」  同じことを思ってるヤスをチラッと見ると、その隣にいた佐合さんが、今までと違う眼差しでヤスを見ていた。フッと俺と目が合うと、急に真っ赤になってヤスの影に隠れてしまった。

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