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3.乗り越えるモノ(9)
今日一日で男子も女子も個人戦を終わらせなくちゃいけないせいもあるのか、選手たちも、その周りの人たちも会場内を慌ただしく動き回ってる。一応スマホで、鴻上さんには来ていることは伝えてあるけど、これだけ広いとどこにいるかなんて、わからないだろうな。そう思いながら会場を見渡していると。
「おい。要」
ヤスがニヤニヤしながら、俺の肩をつついた。
「うん?」
俺の後ろのほうを指さすから何事かと思って振り返ると。
「こ、鴻上さん!?」
い、いつの間に、こんなところに。
「来てくれたのを、ちゃんと確認しに来た」
試合が終わってすぐだというのに、清々しく登場してくる。なんだろう、この人。こんなに嬉しそうに微笑まれたら、こっちのほうが恥ずかしくなる。
「メ、メールしたじゃないですか」
「うん。でも、ちゃんと目視しないとね」
そう言うと、嬉しそうに俺の頭をゴシゴシと撫でまわした。
「なっ、何するんですかっ」
「フフフ。パワー充電」
こ、こんなんでいいのか?なんだか、子供扱いをされてるようで、恥ずかしくなる。
「鴻上先輩、がんばってくださいっ!」
お?珍しく、ヤスのほうから鴻上さんに話しかけてきた。
「ああ、君は」
「要のクラスメートの京橋 康寛です。俺、剣道、興味なかったけど、鴻上先輩の見たら熱くなりましたっ!」
鴻上さんに話しながら顔を赤くしているヤスが、なんだか、いつもより男らしくみえる。こんな真剣なヤスを見たら、佐合さん、惚れちゃうんじゃない?と思ってチラッと見ると。残念。鴻上さんに釘づけの佐合さんを発見してしまった。
「いやぁ。なんか、そんな風に言われると照れるな」
「俺、合気道やってるんで、やっぱ、こういう試合の雰囲気とか、好きなんですよね」
「アハハ。まだまだ頑張るんで、応援してくれよな。」
「はいっ!」
「はいっ」
二人ではもってるし。
「鴻上せんぱ~いっ!」
試合場のほうにいる剣道部の誰かが、呼ぶ声が聞こえた。
「おうっ。戻るっ」
そう片手をあげて返事をした先輩は、もう一度、俺の頭を撫でた。なんだか、手の重みが心地いい。
「じゃ、行ってくる」
「頑張ってくださいね」
俺ができるのは、こうして応援することだけ。
「ああ」
優しく微笑んで、颯爽と去っていった。
「マジ、カッコイイ」
上ずったようなその声は、ヤスくん。キミか。
「いいなぁ、獅子倉くん。私も、頭撫でて欲しい……」
ぽーっとしながら鴻上さんの背中を見つめてる佐合さん。ヤス、いいのか、このまま放っておいて、と思ったら。
「俺も撫でて欲しい……」
オイッ!!
俺は思わず、心の中で突っ込んでいた。
試合はどんどん進んで、トーナメントの線はどんどんあがっていく。その線はどんどん少なくなって、最後には、決勝という頂点にぶつかる二人。その一人は当然、鴻上さんだ。俺の瞳の先にいる、鴻上さんだ。
試合場のそばで、竹のように真っ直ぐに立つ鴻上さんは、揺るがない。その姿を目に焼き付けるように見つめる。
ただ、決勝戦が始まるその前に。
「俺、今のうちにちょっとトイレ行ってくるわ」
試合中に途中で退席なんてできないし、集中して見たい。
「すぐ始まるから、急げよ~」
「おう!」
振り向かずにヤスに手を振って、トイレに向かった。
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