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3.乗り越えるモノ(10)

 試合前のせいか、会場内のトイレはだいぶ混んでいるようで、女子トイレにでも行くか、と真面目に悩んだ。しかし、実際には隣の女子トイレのほうが、並んでる。 「外にあるトイレ、すいてるらしいですよ」  そう言って後ろから声をかけてきたのは、見覚えのある顔。そうだ。加洲高の美人だ。 「え?」 「俺も、これから行くんで、よかったら一緒に行きますか。」  近くで見ると、本当にこの人、男なのか?と思うくらい、一度見たら、忘れられない美しい顔。特に大きくて黒い瞳が印象的で、思わず一瞬見惚れてしまう。  でも、この人も剣道部だったのか?それにしては、随分と線の細い感じだし……私服で応援?それとも、知り合いの応援に来たんだろうか?『どうします?』という感じの微笑みが、とても優しそう。 「すみません。じゃあ、教えてください。後で、友人にも教えてやりたいんで」 「こっちですよ」  武道館を出たかと思ったら、本当に近いところに公衆トイレがあった。 「うわ、こんな近いところにあったんですね」 「でしょ?」  そう言ってニッコリ笑った。  トイレを探して、その上ここまで移動したから、もうあまり時間がないな、と思いながら、小便器の前に立とうとした。 「こんなに簡単に捕まえられるとは思わなかったなぁ……」  美人が俺の背後で、小さく楽しそうにつぶやいた。 「え?」  振り返ろうとしたとき、首筋に衝撃が走る。 「っぐ…!?」  美人がニヤリと笑った顔が目の端に見えた気がした。 『どういうこと?』  そう思った瞬間に暗闇に飲み込まれた。

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