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4.守れなかったモノ。守りたいモノ。(1)
小学生の頃の要は、まだまだ線が細くて、まるで女の子みたいに可愛らしくて。でも、見かけによらず、負けん気だけは人一倍で、勝負事には、必ず勝ちにいったし、勝っていた。実際、要の剣道のセンスはピカイチだった。
卒業したら当然うちの中学に入ってくる、そう思っていたし、だから、亮平が要をうちの中学の剣道部の見学に誘った時、俺の中で、焦りに似た気持ちが生まれた。俺の中でも、要に対する想いが生まれてきていたから。
そして、亮平が要を好きだというのには気づいていた。そばで要のことを一緒に見てきていたせいだろう。それが恋愛的なものであるのも、要を見る眼差しや表情でもわかっていた。
しかし、要のことが好きだからといって、まさか、あんなことを亮平がするとは思わなかった。
要を見つけた時、真っ青な顔で涙でぐちゃぐちゃになっていた。そして、俺に向けた瞳は恐怖でまっ黒だった。
上半身をむき出しにされていた小さな身体は、練習のたびに見ていた時よりも、艶やかに白く見えて、ところどころに薄赤い花びらが散ったようになっていた。そのことの意味に気づくと、怒りで爆発しそうになった。
一方で、怒りに燃える俺の姿を見た亮平は、一気に熱が冷めたようで、自分がやろうとしていたことに気づいて、震えだしていた。
そして、用具室の入口そばで立ち尽くしてた俺を見つけた、剣道部の顧問が、この現状を見てしまった。
亮平は、俺にとっては、剣道も要のことも、いいライバルだと思っていたのに。
要をあんなふうに、辱めたことは許さない。絶対に許さない。
亮平は、金持ちの親のお蔭で、表ざたにせずに別の中学に転校していった。
そして、要のほうの両親も、こんなことが世間に知られることの方が嫌だと、相手の慰謝料を受け取ることで和解という形に落ち着き、引越をして、別の中学に入学させた。
俺は、大事だと思ってた二人を一気に失ってしまった。
それでも剣道を続けていれば、いつかきっと、また会えると思っていた。
でも、要は小学校の頃に一緒に通っていた地元の剣道クラブも辞めてしまった。もしかして中学の剣道部に入ってるんじゃないか、って期待して、練習試合に行ったときに探したけれど、要の姿はなかった。完全に剣道から足を洗ってしまったようだった。剣道をしていない要……そんな姿が全然想像つかなかった。
一方で、亮平は隣県の私立の中高一貫に転校していた。それも全寮制の。そしてあいつは、雑誌に何度も掲載されるような剣道部のエースになっていた。うちの中学にいたときも、すでにエースだったけれど。転校先で、一段と磨きがかかったらしい。
そして俺も、亮平へのライバル意識と、要を忘れようという思いで、剣道に没頭した。だけど実際には、"要を忘れなくちゃ"と思いながら、"また要に会いたい"と思っている俺。女でもない要が俺の心の中に住みついてしまってた。これじゃいけない。そんなのはおかしい。そう思った俺は、要を忘れるために、剣道の腕を磨くことに打ちこんだ。
"一心不乱"
まさに、その言葉の通りかもしれない。
そんな俺に、告白してくれる女子も何人もいたけど。要ほどに、ドキドキも、"欲しい"という欲求もわかなかった。もう、この時点で、俺はゲイなのかもしれない、と本気で思うようになった。
「鴻上先輩っ!」
俺が高校2年になった時、祥吾が剣道部に入部してきた。中学時代ですでにそこそこの実力を持っていた祥吾は、うちの剣道部の期待の新人として注目を浴びていた。その祥吾は、高校に入ってから一気にその実力を開花させ、俺との三本勝負では、一本は必ずとるようになっていた。
「くっそぉ!!先輩、もう一回お願いします!」
この負けん気の強さも、好ましく、そして外見も少しだけ要に似ている気がする。だから、つい要とだぶらせていた。要だって、剣道を続けていれば、と。
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