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4.守れなかったモノ。守りたいモノ。(7)

 亮平との対戦は、中学以来。正面に立った亮平は中学の頃よりも、背が伸びていた。  絶対、負けたくない、という気持ちは、余計な気負いになってしまう。いつまでも要を苦しませるな、と、怒りが溢れて、いつもの冷静な試合運びにはできないでいる。  ……実力差。  それもあったけれど、完全に自分がうまく感情をコントロールできていなかったのが敗因。すぐにでも要の様子を見に行きたかったけど、柾人が保健室に連れて行って休ませてきたと教えてくれた。  ほっとしていたところに、亮平がやってきた。ムカつくくらいに冷静な顔で、逆に、俺の方が冷静ではいられない。お前が、あんな目で要を見ていたから。 「要は?」 「保健室」 「そうか」 「……あいつ、剣道は」 「見ればわかるだろ」 「……」 「わざわざ、それを確認しに来たのか」 「……」  苦しそうな顔をされても、俺は、お前を許せない。俺たちは決して大きな声で話してたわけではないが、ピリピリした空気だけは伝わったのか、誰も近寄ってはこなかった。 「要は試合場に入れなくなった」 「っ!?」  亮平のショックな顔を見て、少しだけ一矢報いた気がした。でも、そんなのは自己満足でしかなくて、要が喜ぶことでもない。そんなことに思い至ると、自己嫌悪しか湧いてこない。俺たちはそれ以上の会話をすることはなく、そして亮平たちは、帰っていった。  着替えを終えてから、保健室に向かった。カラカラとドアを開ける音が響く。二つあるベッドのうち、奥の方の布団が盛り上がってる。静かに回り込むと、眠っている要の横顔が見えた。 少し……泣いたのか?  小学生の頃は桃色に染まっていたぽっちゃりした頬も、すっかりほっそりとして、もう子供っぽくはなくなってしまってる。それでも、要の寝顔を見てるだけでドキドキしてきた。小さく開いた唇が、俺を誘うようで、目を奪われて、その唇に手を伸ばしそうになる。  ダメだ。  茶色い柔らかい髪を撫でると、布団からはみでていた要の手を握った。  俺が、来てくれなんて頼んだから。要がまだ、立ち直れていないなんて。自分の考えなしに思わずため息が出た。  気が付いた要を、俺の気に入っている喫茶店に連れて行ったはいいが、亮平のことを話しているうちに、感情が高ぶって涙が溢れてきた。高校三年にもなって、要にこんな姿を見せることになるなんて恥ずかしすぎる、と思っても後の祭り。要は優しい眼差しで、ハンカチを俺の頬にあててくれた。きっと俺がどれだけドキドキしていたかなんて、気づいてもいなかったろう。  そして帰りの電車で、要と約束した。関東大会で、亮平と再戦して……必ず勝つと。要が、亮平の呪縛から逃れるために。そして、俺自身が亮平という存在に勝つために。  ……亮平は、今でも、要のことが好きだ。  要のことを話していた時の顔は、そう物語っていた。  そして、あの交流試合以来、祥吾の様子がおかしい。その上、祥吾と仲のいい女子剣道部の朝倉と一宮も、あきらかに、要といると必ず邪魔しにくる。  確かに、すごく懐いてくれている祥吾は、後輩として可愛がってきたつもりだし、だから、もしかしたら、俺が要のことを気にしていることが、気に入らないのかもしれない。それにしたって、ちょっとやりすぎだな、と、げんなりしそうになるし、一言言うべきか?とも考えたりもした。  ふと、祥吾に関する噂を思い出す。『ゲイ』らしいということ。それが、どんなことが根拠なのかは知らないけど、そういう意味では、要のことを思ってる俺だって、『ゲイ』なのかもしれない、と、少しひやっとする。でも、祥吾に対して、そういう目で見たこともなかったし、むしろ、弟のようにしか思えない。  だけど、要に対しては。要に対しては、『弟』とか、そういうのではなく、恋愛的に好きだと思っている自覚がある。  俺、要以外じゃ、ダメなのかもしれない。

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