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4.守れなかったモノ。守りたいモノ。(9)

 県大会の日。俺たち剣道部は、朝早くから県営の武道館にのりこんでいた。俺たち同様、早めに入っている高校や、大会の運営で慌ただしく動き回る地元の高校の剣道部の連中で、ざわざわしていた。  俺たち3年の最後の大会。この大会で負けたら、本当に最後だ。  着替えを終え、主将の潤の集合の声に、今日の試合に出るメンバーが集まる。他のやつらがいる観覧席を見ると、俺の名前がデカデカと書かれた横断幕。何度見ても、恥ずかしい。  顧問や潤が、今日の意気込みを語りだす。俺も、今日のメンバーの一人一人の顔を見る。気合いは十分。俺も、頑張らなければ、と、気を引き締めた。  大会の開会式が始まる前に要からメールがきていた。 『これから電車に乗ります』  要が来てくれる。ちゃんと、来てくれる。それだけで、自然と笑みがこぼれる。地元から、ここまでの移動時間を考えると、俺の初戦に間に合うかどうか。たとえ、間に合わなくても、次の試合には着く。だからこそ、勝つ。 「鴻上先輩、次です」  祥吾が呼ぶ声で俺は、試合場に向かった。  初戦は、無難に勝つことができた。次の試合まで、少し時間がある。鞄の中のスマホをチェックすると、要から"着いた"とのメール。会場を見回すけれど、これだけ広いとわからないか、と思ったら。 ――いた。驚くほど簡単に見つけることができた。  俺の目には、要専用のレーダーでもついてるのか、と思うくらい。一人では来られなかったのか、友達も一緒か。 「祥吾、ちょっとはずすな」 「あ、はい。早めに戻ってくださいね」 「ああ、スマホ持ってく」  早く要に会いたくて、早足になる。観覧席のはじのほうの席に、要の背中が見えた。俺に先に気が付いたのは、要の隣に座ってた男子で、要の肩をたたいて、俺のことを教えた。 「こ、鴻上さん!?」  要の驚いた顔を見ただけなのに、やっぱり、うれしくなる。わたわたしている要が、かわいすぎて、思わず頭を撫でてしまう。 「なっ、何するんですかっ」 「フフフ。パワー充電。」  そう、要、俺にパワーをくれ。要のために、勝つから。そして、俺自身のためにも。 「鴻上せんぱ~いっ!」  試合場のほうから祥吾の声が聞こえた。もう戻らないといけないのか。祥吾が手を振って戻るように言ってるようなので、片手をあげて応えた。もう一度、要の頭を撫でて、気合いを入れなおす。 「頑張ってくださいね」 「ああ」  要の声が、俺の背中を押して、要からもらえたパワーで、決勝戦まで残れた。  相手は去年、一度、対戦して負けた相手で、苦手意識がないとは言えないけど。あの時と違うのは、今は、要がいてくれるという、心の支え。それだけで、勝てる気がする。  試合が始まる前に、チラッと要たちがいる席を見ると、要の姿はなく、友達の二人しかいない。試合前にトイレにでも行って、戻るのが遅れてるのか。要が戻ってくる前に、試合が終わったりして。そんなことを考える余裕すらある、今の俺なら、絶対勝てる。 「よしっ!」  気合いを入れて、俺は試合場に入った。試合は接戦で、正直、やられる、という瞬間が何度もあった。それでも、勝利の女神は俺に微笑んだ。肩で息をしながらも、目線は要のいるはずの席にいく。目線だけでも、勝った喜びを伝えたかった。  しかし、そこには要はいなかった。友達二人は、まだ席にいるから、帰ったわけでもないようだった。お腹の調子でも悪かったのか。 「鴻上先輩っ!おめでとうございます!」 「やっぱり、すごい!」 「次は関東ですね!」  後輩たちが、俺を囲んで盛り上がるけれど、本当に欲しいのは、要の言葉。心配で、何度も探すけれど、戻ってきている様子もない。友達のうち、男子のほうが席を立った。探しに行くのかもしれない。大人しく閉会式に参加した俺だけれど、要のことが気になって仕方がなかった。

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